法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

薬害肝炎訴訟(2)

T・O記

2005年11月29日、東京地裁において、C型肝炎訴訟の原告本人尋問が行われました。傍聴席は、関係者・支援者ですべて埋まっていました。平日であるにもかかわらず、学生の姿も目に付きました。

午前中は、原告番号7番の方(本件では、C型肝炎に対する偏見や差別が社会に根強いことから、原告は本名を公表せず、番号で呼ばれています。以下、Aさんと呼びます)に対する原告本人尋問が行われました。

さて、Aさんに対する尋問ですが、以下のようなことが証言されました。

この方は、1980年代後半に交通事故に遭い、脾臓の摘出手術を受け、その際に止血剤を投与されました。この止血剤がC型肝炎ウィルスに汚染されていたため、AさんはC型肝炎ウィルスに感染しました。退院後1ヶ月ほどして、急性肝炎を発症したため、再度入院しましたが、2週間ほどで退院しました。

その後、結婚をし、長男を出産しました。ここまでは、順調でした。ところが、次男を妊娠し、通院していたころ、医者から慢性肝炎を発症している可能性を指摘されました。検査の結果、慢性肝炎が見つかりました。出産のため入院した医院では、母子感染の恐れは低いから心配は要らないと言われましたが、特別扱いを受けたため、不安が募りました。具体的には、Aさんだけ食器がすべて使い捨てだったり、洗濯のサービスを受けられなかったりしました。次男が生まれたとき、黄だんが出ていたため、肝炎に感染したのではないか、自分と同じ苦しみを与えてしまうのだろうか、と不安になりました。しかし、1年後の検査で陰性と判明し、ほっとしたそうです。

Aさんは、出産後、C型肝炎のほぼ唯一とも言いうる治療法である、インターフェロンの投与を受けることを決意しました。早く治したいという思いと、インターフェロンで完治するという思いからでした。インターフェロンの投与に際しては、2週間の入院が必要となります。この間、インターフェロンの副作用により、40度近い発熱と、体のだるさがあり、まるでインフルエンザのようだったそうです。そんな状態が1週間ほど続きました。

退院後も、インターフェロンの投与は続けられました。インターフェロンの副作用のため、倦怠感があり、ほとんど動けない状態が続きました。そのため、家事をこなすことができず、夫の帰宅時間も遅かったことから、インターフェロンの投与の時間を夕方にして、寝る時間に倦怠感がおとずれるようにするなどの工夫をしました。

また、育児への支障も大きなものでした。当時、長男は3歳、次男は1歳にも満たない年齢だったため、非常に手のかかる時期でした。特に次男は、まだ歩くことができなかったため、抱っこする必要がありましたが、倦怠感のため、それもできない状態でした。お風呂に入れるのは、夫の役目でした。倦怠感のほかにも、脱毛、うつ状態、下痢などの副作用がありました。

インターフェロンの投与は週に3回で、それが半年間続きました。注射のために病院へ行くと、治療時間も含め、毎回3時間が必要でした。診察のある日は半日が必要でした。しかも子どもが小さかったため、毎回子どもを病院へ連れて行きました。

治療費がかさみ、経済的に苦しくなりました。当時、夫の給料は、手取りで28万円ほどで、治療費を除く支出も、家のローンなどもあって、収入とほぼ同額だったため、貯金を切り崩して治療費に当てました。貯金がなくなると、車を売って治療費を工面しました。さらに生命保険の貸付制度も利用しました。何度も治療をやめようと思いましたが、家族のために、そして半年たてば終わるという思いから、この治療を続けました。そして、その甲斐あってか、ウィルス量が減ったと医者から言われたため、Aさんは、肝炎が治ったものと思っていました。

ところが、その半年後、ウィルス量が再び増えていることがわかりました。その時、Aさんは、治療の効果がなかったのだと思い、かなりのショックを受けました。元気な母親でいたいという思いから、肉体的・精神的・経済的につらい治療を続けたのに、今までの苦労が水の泡になってしまった思いでした。

次の治療について、C型肝炎を治さなければいけないという思いから、医者に相談しました。インターフェロンの投与については、それが何年続くかわからないこと、インターフェロンの値段が、前回の治療時は1本あたり3700円だったのが、今回は5140円と大幅に値上がりしていたことから、一回あたりの量を半分にし、値段も半額にしてもらうという形で、投与を始めました。家計の支出を少しでも減らすため、毎日家計簿とにらめっこをしていました。母子家庭であれば医療費が無料になるという行政サービスの存在を知り、夫に離婚も相談しました。夫はその離婚の相談にまじめに応じなかったそうですが、Aさんは、治療費の捻出について、そこまで追い込まれるような状況にあったのです。

その後、インターフェロンの投与を停止することを決断します。子どもと過ごす時間が確保できないこと、治療の効果が見えないこと、治療にお金がかかることなどが、その理由です。医者に相談したところ、反対されたため、担当医を変えてもらい、とりあえず3ヶ月間、治療を停止して、様子を見るということになりました。Aさんは、今も治療費や借金返済のために仕事を続けています。治療と仕事の両立は困難なため、治療をするときには、仕事をやめなければならないそうです。

日常生活では、C型肝炎ウィルスが血液感染することから、怪我をしたときに、Aさんの血のついたものが子どもの目の触れないよう、気をつけています。また、本当は子どもが3人ほしかったので、家を建てたときも子ども部屋を3つ作ったのですが、体力や精神力の問題、あるいは母子感染の恐れがあることなどから、3人目の子どもはあきらめたそうです。

Aさんは現在、事務の仕事をしています。病気のことは伝えていません。診察のために仕事を休むときは、うそを言って休むようにしています。またそのこととも関係しますが、実名を公表していません。それは、病気に対する偏見や差別のためです。実際、2人目の子どもを出産したとき、“3人目は別の病院で産んでほしい”と看護師に言われたこともあるそうです。

最後に、言いたいことをどうぞ、と原告側代理人から言われ、Aさんは次のようなことを言いました。「元の体に戻りたいという思いでいっぱいです。国と会社に、フィブリノゲンを注射したいと思います。そうすれば、自分の思いがわかると思います。もしそれができないのであれば、謝罪してほしい」。Aさんの怒りがストレートに現れた発言でした。

続いて被告側からの反対尋問が行われました。AさんのC型肝炎ウィルスへの感染が、フィブリノゲンではなく、別の輸血によるものではないのか、インターフェロンの投与には治療効果があったのではないか、といった点についてのやり取りがなされました。Aさんへのインターフェロンの投与に効果がほとんどなかったのは、現在のAさんの状況から、明らかであるように見えますが、被告側は、Aさんが仕事をしていることをもって、効果があったという主張をしたいようでした。

また、左陪席の裁判官からも質問がありました。主に、治療費やAさんの収入についての質問でした。損害賠償額にかかわる部分の質問だと思われます。

さらに、裁判長からも、今一番困っていることは何か、という質問がなされました。Aさんは、病気であることを勤務先に伝えられないことと、薬を飲むときや病院へ行くときに将来への不安を感じることをあげました。

裁判官から質問があったことは、この訴訟に対する裁判官の関心の表れであるように見えました。

引き続いて、午後にも別の原告に対する尋問が行われました。これについては薬害肝炎訴訟(3)をご覧ください。

<<(1)へ

 

 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]