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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

葛飾マンションビラ配布事件判決

T・O記

2006年8月28日、葛飾ビラ配布事件に対する第一審判決がありました。

本件は、葛飾区内にあるマンションでビラ配布をしていた荒川庸生さんが、住居侵入罪で逮捕・起訴されていた事件です。東京地裁は、被告人の行為は住居侵入罪の構成要件に該当しない、すなわち、ビラ配布のためにマンションに立ち入ることは、住居侵入に当たらないと判断し、被告人・荒川さんに対し、無罪の判決を言い渡しました。

判決の主なポイントは、(1)被告人の立ち入った場所が「住居」と言えるか、(2)共用部分への立ち入りが住居侵入罪となるか、にあります。以下、順番に見ていきます。

(1)被告人の立ち入った場所が「住居」と言えるか
被告人の立ち入った場所は、マンションの1階玄関ホール、1階及び7階ないし3階の各階廊下部分、エレベーター、階段などの共用部分です。建物内部にあり、住戸部分と建物外部の間をつなぐ部分として利用される廊下、エレベーターなどが「住居」と言えるかどうかについて、弁護側は、共用部分の性質上、各戸への移動のために通行することが予定されていること、マンション各戸の玄関にドアポストが設置されていることは投函物を受け入れる構造であることを示していることなどから、マンション関係者以外の者が、共用部分を通行することが認められていたと主張しました。

これに対して、裁判所は、共用部分も、居室部分と程度の差こそあれ、私的領域としての性質を備えており、こうした部分についても住居権の保護を図る必要があるなどとして、被告人が立ち入った共用部分も、「住居」に該当すると判断しました。

(2)共用部分への立ち入りが住居侵入罪となるか
裁判所は、続いて、共用部分への立ち入りが、住居侵入罪にいう「正当な理由がない」場合に該当するかを判断しました。通常、「正当な理由」の有無は、構成要件該当性ではなく、違法性の有無に関して判断されますが、本件において、裁判所は構成要件該当性のところで判断を行なっており、本判決の一つの特徴をなしています。

裁判所は、住居侵入罪の保護法益が、「住居に誰を立ち入らせるかを自由に求められる居住権にある」とし、そのことから、住居の立ち入りの是非は、住居権者の意思によるとしました。しかし、本件のような共同住宅においては、居住者の意思が一様でないことや、誰の承諾を得れば適法なのか外部からは明らかではないから、例えば、2階建てアパートで集合郵便受けもないような共同住宅においては、何らかの正当な用事があれば、2階に立ち入ることができるとしました。しかし、弁護人側が、本件ビラ配布行為は憲法21条1項による保障を受ける行為だと主張していた点に対しては、「たとえそうであるとしても、他人の住居の平穏を不当に害することは許されず」、オートロックのマンションに、居住者がドアを開けたのに乗じて入ったり、厳重な警備がなされているところで、警備員の注意がそれた機会にこっそりと忍び込む行為は違法であるとしました。

他方で、訪問販売を行なう者にとって、一軒家であれば合法であるが、共同住宅を訪れることは犯罪になるとは到底考えられなかったはずだとして、どのようなときであれば立ち入りを許されるかは、共同住宅の形態、立ち入りの目的・態様などに照らし、そのときの社会通念を基準として、法秩序全体の見地からみて、社会通念上許されない行為といえるかどうかによって判断する、としました。

そして、被告人の立ち入り行為について(ア)被告人のマンション立ち入り行為は、居住者にビラを閲覧してもらえる可能性を高めようとする点にあったこと、(イ)ビラは、日本共産党の活動内容・活動方針などを伝えるものであり、犯罪を助長したり社会の風紀を乱すようなものではなく、これを受領することで住人が住居の平穏やプライバシーが侵害されるというおそれや不安感を抱くことは少ないと考えられること、(ウ)午後2時30分ごろという昼間の時間帯であって、誰にもとがめられることなくマンションに立ち入っており、居住者や管理人の目を避けようとしていないこと、(エ)滞在時間はせいぜい7〜8分であり、その間にビラをドアポストに投函しただけで、それ以外の行為には及んでいないこと、この4点を、特徴として指摘しました。

他方で、ビラ配布が憲法21条の保障を受ける行為であるといっても、集合住宅の居住者は、他人が自己の住居の共用部分に立ち入って政治的意見を表明することを受忍すべき義務はなく、公共の場所で配布されるビラと異なり、ポストに入れられるビラは居住者自身がこれを手にとって処分することを強制されるのであって、そうした立ち入りを、憲法21条だけを根拠に直ちに正当化することは困難であって、ビラ配布という目的から被告人の立ち入り行為が社会通念上容認される行為に当たるとはいえない、とも述べました。

さらに、立ち入りによって居住者が抱く不安感・不快感への配慮という観点からは、立ち入りの目的が政治ビラの投函で、その態様も平穏なものにとどまるとしても、そうした立ち入りが一般に社会通念上許されない行為に当たらないと断定することには躊躇を覚える、ともしています。

ところが、居住者の不安感・不快感を根拠に、被告人の立ち入り行為が社会通念上許されない行為に当たるといえるかというと、集合住宅の共用部分に部外者が立ち入る行為は、その目的を問わず差し控えるべきであるとの考え方が強くなってきたのはさほど古いことではなく、このような考え方が一般化・規範化しているかどうかは、なお慎重に検討する必要があるとしました。そして、集合住宅の各戸へのビラ配布は、特段問題のある行為とは考えられておらず、本件マンションでもピザのデリバリー業者のチラシが投函されるなどしていたことなどから、現時点でのプライバシー意識や防犯意識の高揚を前提とすれば、マンション入り口に設置されている集合郵便受けへの投函にとどめるのが望ましいが、共用部分への立ち入り行為が、刑事上の処罰対象とすることについての社会通念はまだ確立しているとは言えず、被告人の立ち入りに正当な理由がないとはいえない、と判断しました。

また、マンション入り口に、「チラシ・パンフレット等広告の投函は固く禁じます」との掲示があったことについて、商業広告のみを禁止し政治ビラは禁止しない趣旨であると読めること、掲示の位置が目に入りにくい場所にあったことなどから、立ち入り禁止の意思が来訪者に伝わるように表示されていなかったとしました。

以上から、被告人の立ち入り行為に、「正当な理由」がないとはいえないとして、住居侵入罪を構成しないとして、無罪判決を言い渡しました。

裁判所が無罪判決を言い渡したことについては、近年、ビラ配布行為に対して逮捕・起訴が相次いでいる現状に鑑みて、高く評価することができます。ですが、判決の論理構成にはいくつか問題点も残されています。

まず、表現の自由を軽視しているように見えることです。判決は、表現の自由の行使であるとしても、ドアポストへのビラ投函は直ちに正当化できないと述べています。しかし、ビラ配布は、簡易な表現行為として伝統的に行なわれてきた行為であり、また、市民に直接声を届ける手段としてもすぐれたものだと言えます。その意味では、広く保障されるべき行為だと考えられます。“投函されたビラを自ら処分することを強制される”と判決は言いますが、この程度の負担は、民主主義のコストとして受忍すべきものと私は考えます(実際、毎日新聞8月28日付夕刊では、「いらないビラは捨てればいいだけ。逮捕は過剰」というマンション住民の声が紹介されています)。表現の自由を最大限に保障すべきと考える立場から言えば、本件起訴は、端的に憲法違反として公訴棄却すべきものでした。

判決は、プライバシーや防犯意識の高まりを重視しています。確かにプライバシーや防犯意識は大切です。しかしこうした「社会通念」が変化したと見なされれば、本件のようなビラ配布行為も、社会的に許されない行為となる可能性があります。近年、「体感治安」の悪化が言われ、またビラ配布行為に対する逮捕が相次いでおり、こうしたことによって、「社会通念」が変わる(あるいは「変わった」と判断される)可能性もあることから、表現の自由を重視する立場に立てば、プライバシーや防犯意識の高まりを過度に強調することには、慎重であるべきではないかと思われます。

また、マンションの共用部分を「住居」とした点も問題といえます。松宮孝明氏(立命館大学法務研究科教授)は、「マンションの共用部分は、そもそも個人の居住部分ではない。そのことは、検察、警察でさえ、家宅捜索令状を執行する場合、マンション共用部分の入り口ではなく、マンションに勝手に入っていき捜索先の居住部分の玄関で捜索令状を示してきたことを見ても明らかである」と指摘しています(しんぶん赤旗8月29日付)。

この他にも判決にはいくつか問題がありますが、しかし、無罪判決を言い渡したことは、高く評価されます。東京新聞8月29日付の社説は「ビラはお金や組織を持たない人にとって、自分の主張を世間に訴える大切な表現方法である。(中略)国民が言論・表現の自由を生かし、多様な主張を述べ合うことが民主主義の根っこを強くするはずだ」と述べています。私も、全くそのとおりだと思います。

検察側は、本判決を不服として控訴しました。憲法研究所では、引き続き、本事件を注視していきたいと思います。

 

 
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