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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

難民訴訟(14) アフガン難民不認定処分取消訴訟判決

T・O記

2005年11月11日、アリ・ジャン氏に対する難民不認定処分および強制退去令書の取消請求訴訟に対する判決が東京地方裁判所で言い渡されました。裁判所は、難民不認定処分および強制退去令書のいずれも取り消しました。

本件の原告は、アリ・ジャンという、アフガニスタンからタリバンの迫害を逃れて日本へ来た、現在23歳の青年です。日本に来た当事は19歳でした。

アリ・ジャン氏は、アフガニスタンの先住民族であるハザラ人です。ハザラ人は、パシュトゥーン人のアブドル・ラーマンが1890年に王位について以来、宗教や民族を理由に、激しい迫害を受けてきました。1996年に、タリバンがカブールを制圧して政権を握って以降も、ハザラ人に対する迫害は続きました。たとえば、1998年8月にタリバンがマザリシャリフを攻略した際、数千人のハザラ人が虐殺されています。

いわゆる9.11同時多発「テロ」事件を受けて、アメリカは、この事件をアルカイダによるものとし、アルカイダを支援していたタリバンを攻撃して、アフガニスタンを空爆しました。その結果、タリバン政権は崩壊し、北部同盟による暫定政権が成立しました。しかし、ハザラ人に対する迫害は、タリバン政権以前からのものであり、北部同盟や、タリバンの残党によって、ハザラ人に対する迫害が続いています。

アリ・ジャン氏は、ヒンズクーシ山脈のふもとで生まれ育ち、9歳のときにカブールへ移ってきました。そこでは、内戦のため、毎日のようにミサイルが飛び交う状況でした。実際、彼の目の前で、ロケット弾に当たって子どもが死亡したということもありました。そうした状況において、次兄はハラカティ・イスラミ党に入り、兵士となりました。しかし、タリバンがカブールに侵攻したことから、タリバンによる逮捕を恐れて逃亡し、現在も生死不明のままです。

2001年2月に、父がタリバンに連行・投獄されました。また、次兄やアリ・ジャン氏を捜索するため、タリバンが自宅にまで来たことを知り、アリ・ジャン氏は、カブール脱出を決意しました。しばらく親戚の家に身を隠した後、カブールを脱出し、パキスタンに入国しました。しかし、パキスタン国内でも、タリバン兵がアフガニスタン人を逮捕している姿をあちこちで見かけ、また、アリ・ジャン氏の指名手配書が出ていることを知ったため、パキスタンからの出国を決意しました。そして、ブローカーに6000米ドルを支払い、2001年8月1日、日本に入国しました。その後、空港内のトイレにいるところを警備員に発見され、不法入国の疑いで入管に引き渡されました。

入管は、8月3日と9日に審査を行い、不法入国であると認定しました。法務大臣に対する異議も棄却され、アリ・ジャン氏に対して、2001年9月26日付で退去強制令書が発付され、同時に身柄収容されました。他方、8月3日、アリ・ジャン氏は、難民申請を行いました。しかし、この申請も、9月21日付で難民不認定処分がなされました。法務大臣に対する異議も、12月10日付で棄却されました。そこで、アリ・ジャン氏が、法務大臣による難民不認定処分、異議申立棄却裁決、および東京入管成田空港支局主任審査官による退去強制令書の取消を求めて、訴訟を提起したのが、本件です。

訴訟における争点は、(1)アリ・ジャン氏が難民かどうか、(2)法務大臣の行った裁決が適法かどうか、(3)本件退令処分が適法かどうか、の3点です。

(1)の難民該当性について、原告側は、上記の事実を主張しました。そして、そうした事実から、アリ・ジャン氏は、アフガニスタンに送還されれば、迫害を受けるという十分に理由のある恐怖を有しており、難民条約の定義する難民に該当する、と主張しました。これに対して、被告側は、アフガニスタンにおいて、ハザラ人であることのみを理由に迫害を受けることはなく、迫害の理由はタリバン政権に反対したからである、アリ・ジャン氏がアフガニスタンから出国する際に、タリバンから検問を受けたが、問題なく出国できており、アリ・ジャン氏が迫害されているとは認められない、父の投獄について確たる証拠がない、などと主張しました。

(2)の裁決の適法性について、原告側は、原告が難民に該当することが明らかであるにもかかわらず、被告法務大臣はそれを看過し、在留特別許可を認めなかったのは、裁量権の逸脱であり違法である、原告を本国に送還することの是認は難民条約33条(ノンルフールマン原則:難民を迫害のおそれのある国へ送還してはならないとする原則)などに違反し、違法である、などと主張しました。これに対し、被告側は、在留特別許可については、法務大臣に格段に広範な裁量が認められ、本件裁決に裁量の逸脱はない、と主張しました。

(3)の退令処分の適法性について、原告側は、迫害のおそれがあるアフガニスタンを送還先としたこと自体が違法である、アフガニスタンへの送還が現実には実行することができないと認識しつつも、アフガニスタンを送還先としたことは、原告の長期身柄収容を前提としたものであって、違法であるなどと主張しました。これに対し、被告主任審査官は、退去強制手続きにおいて、法務大臣が異議申立棄却裁決をなした場合、主任審査官は退去強制令書を発付せねばならず、本件裁決が適法である以上、本件退令処分も適法である、送還先に違法があるとしても、退去強制令書全体が直ちに違法となるわけではない、などと主張しました。

裁判所の判断ですが、(1)について、アフガニスタンの現状につき、タリバンが迫害したのは、民族的特性や宗教を理由とするものではなく、タリバンに敵対したという理由からであること、ハザラ人の大量虐殺は、軍事衝突に伴う報復行為であって、必ずしもハザラ人であることを理由とするものではないことなどから、ハザラ人が民族や宗教を理由に、パシュトゥーン人やタリバンから迫害されたとはいえない、としました。

しかし、原告に関する個別的な事実(ミサイルが飛び交う危険地域で育ったことや、タリバンによる父への暴行・投獄など)については、人類学者の著作における記述や、UNHCRの資料における記述などと一致することや、原告の陳述の内容が具体的かつ詳細であることから信頼できるとしました。

原告の陳述が疑わしいなどとする被告側の反論については、原告が日本へ来た当時、まだ18〜9歳の未成年であったこと、単身であったこと、初の来日であったこと、事情聴取が母国語ではなく英語で行われたことなどから、真意のすべてを入国審査官らに伝えることが困難であるとして、原告の供述の信用性が低いと評価することは妥当ではないとしました。自己名義のパスポートを所持していなかった点についても、アフガニスタンとパキスタンの国境では賄賂によって国境越えが可能であることや、国境越えに際して自己の氏名をタリバンに知られることを恐れたためであるとして、不自然ではないとしました。

以上のことから、原告が来日した当時、原告は、反タリバンと目される家族の一員であることを理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、難民に該当する、と判断しました。

(2)の裁決の適法性についてですが、まず、法務大臣の裁量権について、憲法22条1項は外国人の入国・在留についての権利を定めるものではなく、国際慣習法上も、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではないとして、外国人の日本への入国・在留については、法務大臣が広範な裁量権を有するとしました。さらに、退去強制されるべき地位にあるものに対してなされる在留特別許可については、より広い裁量が認められるとしました。また、在留特別許可を与えるかどうかの判断に際し、難民であることは当然に考慮すべき極めて重要な要素であるとしました。

そして、本件では、原告が難民であること、しかし原告に対して難民不認定処分をしており、難民であることを考慮に入れていないことから、本件裁決は、裁量権の範囲を逸脱する違法な処分であると判断しました。また、難民条約33条に違反しないかどうかを検討していない点も違法である、としました。したがって、本件裁決は取り消されるべきであると判示しました。

(3)の退令処分の適法性について、本件裁決が違法である以上、これにしたがってなされた退令処分も違法であるとして、これを取り消しました。

以上の通り、原告の請求は、すべて認められました。

日本は、「難民鎖国」と言われるほど、難民認定に厳しい国です。2004年の難民認定申請者は426人で、そのうち難民と認められたのはわずか15人です(これに対し、2004年において、アメリカは2万1千人、フランス1万5千人、イギリス1万3千人などとなっています)。また、今年の1月18日には、UNHCRが難民と認めたトルコ国籍のクルド人2名について、難民と認定せず、トルコに強制送還し、国際的な非難を浴びています(これについては、難民訴訟(9)をご覧ください)。

イラクへの自衛隊派遣に関して、小泉首相は、「人道復興支援」だと述べています(2005年9月26日の所信表明演説など)。この「人道」について、樋口陽一教授は、「『人権・人道』を言うからには、国内もまたそれにふさわしいものになっているはずです。…亡命者・難民はいまよりはるかに多数、受け入れられているでしょう」と指摘しています(憲法再生フォーラム編『改憲は必要か』)。外国の「人道復興支援」はもちろん大切ですが、それよりもまず、国内の人道問題に取り組むべきではないでしょうか。

参考URL:http://www.alijane.org/

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