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難民訴訟―(6) クルド人という人たち

I.M.記

 2004年8月13日(日本時間14日未明)、アテネオリンピックが始まりました。今回の大会には202の国と地域からの参加があり、開会式での入場行進では、アフガニスタンやイラク、パレスチナなどの選手団が大きな拍手で迎えられたのは、みなさんの記憶にも新しいところでしょう。ところで、開会式を観ていて、世界にはまだあまり知られていない国や地域がかなりあるということを、改めて感じました。こうした小さな国もオリンピックに参加できることはすばらしいことだと思いますが、一方で、民族としてはかなりの数の人々がいながら、「国」や「地域」をもてない人たちも世界にはいます。今回とりあげるクルド人の人たちが、そうです。


クルドの踊り

 クルド人は、国をもたない民族としては世界最大の民族です。アラブ人・ペルシャ人とならぶ中東地域の三大先住民族の1つで、人口は2500万人〜3500万人といわれています。歴史的には、シルクロードの要衝に位置するクルディスタン(「クルド人の土地」という意味)は、チグリス・ユーフラテス川の上流地域に位置し、日本の1.5倍の面積になります。石油などの地下資源も豊富ですが、第一次世界大戦後、ローザンヌ条約(1923年)によって、トルコ、イラク、イラン、旧ソ連、シリアの5カ国に分断され、組み込まれました。

 トルコには、約1500万人のクルド人が住んでおり、トルコ人口の約25%を占めています。ただ、トルコ国内では、自治権の主張はもとより、公的な場でのクルド語の禁止や、名前や地名をトルコ風に変えさせられるなど、長年、民族的な文化や権利が禁止されてきました。これに対して、クルド人による抵抗も続きますが、1990年代には、トルコ政府はクルド人の多く住む町や村などを無人化するための空爆や強制移住を行い、イラクでも、クルド人に対して化学兵器が使用されたといわれています。こうした一連の行為は、とくにヨーロッパをはじめ国際的な批判を受け、トルコのEU加盟の際にも問題となりました。


クルドの旗

 こうしたなか、約300万人のクルド人が故郷を追われ、トルコ国内の都市やヨーロッパ諸国に国内避難民や難民として移住せざるをえなくなりました。現在、ヨーロッパには約100万人、アメリカには約30万人のクルド人の人たちがいるといわれています。また、日本にも、トルコからはビザなしで渡航できるため、300〜500人のクルド人が来日し、現在住んでいるといわれています。ただし、来日した人が、すぐに難民申請するとは限りません。入管での収容や強制送還をおそれて、難民申請しない人も少なくありません。そして、それが生命や自由にかかわる問題だけに、安易に批判することできないはずです。来日当初は、日本語も解さないことから難民認定制度を知らない人も多く、公園などで寝泊りしながら生きていくために働いていた人も少なくないと聞きます。実際、過去3年間に難民申請したトルコ国籍の人は252人にのぼり、そのうちの大半がクルド人だとみられていますが、日本政府によって認定された人は1人もいません。

 現在、難民不認定処分の取消などを求める訴訟も起こされています。また、茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに長期にわたって収容されている人もいます。前・国連難民高等弁務官の緒方貞子さんは、「日本が難民条約を支えている精神や価値観を、真に理解し実践してきただろうか……。私たちは島国根性や外国人に対する偏見や差別を打ち捨て、外の世界の問題を自分たちの問題としてとらえる必要があります」と、日本弁護士連合会のシンポジウムで発言しましたが、私たちは、難民認定証という一枚の証書がもつ重みについて、もっと敏感でなければならないと思います。


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