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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

西山記者国賠請求訴訟

T・O記

1945年8月15日、日本のポツダム宣言受諾により、アジア・太平洋戦争が終結し、日本は連合国の占領下に置かれました。1952年に発効したサンフランシスコ条約により、日本は独立を回復しましたが、沖縄はアメリカの施政権下におかれることになりました。その後、1960年代後半に、沖縄の施政権の返還が現実的な政治課題となり、日米間で協議が始まりました。

沖縄の返還にあたって、アメリカ側は、沖縄の米軍基地の自由な使用や、駐留費の肩代わり(ドル防衛)を日本政府に求めました。また、一部の軍用地が地主に返還されることになりましたが、その際、国際法上認められている原状回復義務について、日本政府が肩代わりすることが秘密裏に約束されました。これが「沖縄密約」と呼ばれているものです。

当時、毎日新聞の記者であった西山太吉氏は、外務省幹部から、基地の自由使用・ドル防衛についての情報を得ていました。ところが、日本政府が「核抜き本土並み」「原状回復費用はアメリカ政府が負担する」などと発表していたため、日本政府の発表はまやかしではないか、裏には何か密約があるのではないか、との疑問をもちました。

西山氏は、密約を裏付ける直接的な証拠を入手したい、そしてそれを報道したい、と考えました。そこで、日米間で沖縄返還をめぐる外交交渉が進んでいた1971年5月から6月にかけて、取材を通して親しくなっていた安川壮審議官の女性秘書・蓮見喜久子事務官に、返還交渉関係の書類のコピーの持ち出しを依頼し、それを入手しました。それによれば、復旧補償費の「見舞金」400万ドルを、日本政府が肩代わりすることが示唆されていました。しかし、その後、外務省が発表した協定文案では、アメリカ政府が軍用地の所有者に慰謝料を支払うとされていました。

西山氏はさらに別の文書も入手しました。一つは、井川条約局長とスナイダー駐日米公使の会談内容を記したもので、これには日本が肩代わりする慰謝料の400万ドルについて、日本が肩代わりすることを公表しないよう、アメリカ政府に要求したことなどが記されていました。また、もう一つの文書には、愛知外相とロジャーズ米国務長官の会談内容が記されており、日本が負担する400万ドルについて、その事実を公表しないようロジャーズ長官に要求したということが記されていました。こうした資料をもとに、西山氏は、毎日新聞1971年6月18日付朝刊に解説記事を執筆しました。しかし、解説記事であって目立たなかったことや、記事の論調を抑えたことから、世論の喚起にはつながりませんでした。

1971年12月7日の衆議院連合審査委員会および同13日の衆議院沖縄・北方特別委員会で、社会党(当時)の横路孝弘議員が、アメリカ側が支払うはずの見舞金400万ドルを日本が肩代わりするとい密約について追及しました。しかし日本政府は密約の存在を否定し、あいにくそのまま沖縄返還協定は成立しました。

社会党からの依頼もあり、西山氏は、取材源を特定される可能性をおそれつつも、氏が入手した資料を横路議員に渡しました。これをもとに、1972年3月27日の衆議院予算委員会において、横路議員は密約を追及しました。またマスメディアもいっせいに政府の責任を追及し始めました。これに対して政府は、この情報の出所を突き止め、蓮見事務官と西山氏を、国家公務員法違反で逮捕・起訴しました。起訴状において、西山氏が「情を通じ」て蓮見事務官から情報を入手したとされたことから、沖縄密約事件は、男女関係のスキャンダルへとすりかえられてしまいました。そして西山氏は1976年7月20日の東京高裁判決で有罪となり、上告も棄却されて有罪が確定しました(西山記者事件)。また、裁判の最中に休職扱いとなり、その後退職を余儀なくされ、天職と自認していたジャーナリストの道を閉ざされました。

ところが、2002年6月、TBSワシントン支局と毎日新聞が、この密約について書かれたアメリカ政府の公文書を入手しました。この文書には、沖縄返還にあたって日本政府がアメリカ政府に支払う金銭に、アメリカが日本政府に対して支払うことになっていた400万ドルの見舞金が上乗せされていたこと、および、この密約が公にならないよう注意すべきことが記されていました。密約は、西山氏が報道したとおり、事実だったのです。しかし、アメリカ政府の公文書が発見されたあとも、日本政府は密約の存在を否定しつづけています。

そこで、西山氏が、密約の存在が明らかになったこと、そして、それにより有罪判決も誤判であったことが明らかになったと主張して、ジャーナリストの道を閉ざされたことに伴う精神的・経済的損害や、名誉毀損による損害などについて、国家賠償法1条1項に基づき、日本政府に対して、損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

この西山記者事件(外務省秘密漏洩事件とも呼ばれます)は、憲法の体系書などで、取材の自由の限界事例として紹介される事件です。当時は、男女のスキャンダルとして扱われたこともあり、政府の密約や、取材の自由の問題が、陰に隠れてしまいました。しかし、最近になってアメリカで密約を裏付ける公文書が発見されたことから、改めて日本政府の態度が問われています。記者の取材に対して、国家が不当な圧力を加えることにより、国民の知る権利が侵害されてしまっては、民主主義の健全な運営は不可能になってしまいます。その意味で、本件は、まさに民主主義の根幹が問われている裁判ではないでしょうか。

この裁判は、すでに3回の口頭弁論が開かれています。次回の口頭弁論は、2006年2月22日午前11時30分から、706号法廷で開かれます。

 

 

 
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