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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

三郷生活保護裁判(1)

T・O記

近年、「格差社会」の存在が指摘されています。その一つの表れが、生活保護受給世帯の増加です。1995年には60万世帯だったのが、2005年には104万世帯にまで増加しています。しかし政府は「小さな政府」を目指して、社会保障費を削減してきました。そのため、生活保護を受けるべき国民が、申請書をもらえない、申請書を受け付けてもらえない等の対応(「水際作戦」などと呼ばれています)により、保護を受けられないという状況が現れました。その結果の一つが、北九州市での餓死者です。

こうした中で、埼玉県三郷市に住む夫婦が、病気等の理由で経済的困難に陥ったにもかかわらず、生活保護の申請を拒絶され、あるいは適切な給付がなされなかったとして、2007年7月11日、三郷市を相手に、受給できたはずの保護費や慰謝料を求めて提訴しました。以下、簡単に事実関係と法的な論点を見ていきたいと思います。

3人の子を持つ原告夫婦は、夫の事業がうまくいっていなかったことなどから借金を繰り返し、経済的に苦しい状況にありました。2004年12月、夫が白血病と診断され、治療のために職を失い、妻もまた介護のために精神的に不安定となり、治療を受けるようになりました。

一家の収入は、長男の月10数万円のみでした。これは三郷市の最低生活費基準(生活費・住宅費・教育費・治療費等合わせて26万円弱)から見て、要保護状態にありました。そのため、2005年1月早々、妻と長男は三郷市の福祉課で生活保護の相談をしました。しかし対応した職員は、妻が働いていないこと等を理由に、申請を拒否しました。医療費も支払えない状態だったため、妻らは1月末に再び福祉課を訪れましたが、申請は拒否されました。同じ頃に退院した夫は、その後も通院治療が必要で働けない状態であり、このままでは家賃も払えず家を失いかねないということで、同年2月1日、福祉課に赴き生活保護を申請しましたが、ここでも三郷市は「国に頼るな。自分で働きなさい」などと述べ、申請を認めませんでした。

夫の状態はよくならず、2005年7月末から再入院しました。妻と長男は、家賃の滞納が続いていたこともあり、三郷市福祉課を訪れ生活保護の申請をしようとしましたが、職員は「働いて何とかしなさい」と言って、申請を認めませんでした。その後も妻らは生活保護申請のため何度か福祉課を訪れましたが、その度に福祉課は申請を拒否しました。そして一家は、家賃の滞納だけでなく、光熱費や水道代なども支払えなくなり、水道が停止されるなどしました。ついには自殺まで考えるほどでした。

夫の病気はよくならず、2006年5月には長男も雇止めにあって失職したため、妻らはまた三郷市福祉課で生活保護の申請をしようとしましたが、これまでと同様、「働かないのがいけない」などと言われ、申請できませんでした。しかし、同年6月21日、吉廣慶子弁護士が同行して三郷市福祉課を訪れたところ、職員の態度が一変し、申請が受理され、月14万円弱の生活保護が決定しました。

しかし住宅費が不支給とされ、家賃は支払えないままでした。これについて、福祉課の職員は、「滞納した家賃は税金で支払うことはできない」「家賃を払えないなら家を出るしかない」などと言い、夫の実家がある地区への転居を勧めました。しかし夫の実家も経済的に困窮しており、一家を支援することはできない状況にありました。

その後、妻は安い物件を見つけ、転居することとなりました。その際、福祉課の職員は、何の説明もしないまま妻に書類への署名を求めました。妻は素直にそれに応じました。この書類は、引越しに伴う保護変更申請書でした。また職員は、「移転したら三郷市からの生活保護は終了する」「今後困ってもそこの役所に生活保護の申請は行かないように」などと述べたそうです。

そして2006年8月末、妻と次女は23年間住んだアパートを出て、夫の実家のある地区へ転居しました。三郷市福祉課は、家族が減ったことを理由に、夫の生活保護費を2万3000円に減額しました。加えて、夫が9月半ばに退院したところ、福祉事務所は保護を廃止する決定を行いました。

三郷市の生活保護施行細則準則は、被保護者が管轄区域外に移転した時は、福祉事務所長は新居住地にその旨通知すべきことを定めていました。もし三郷市がこの手続を行なっていれば、妻と次女は、転居した日から生活保護を受給できるはずでした。しかし三郷市は、通知を怠っただけでなく、新たな住所地で生活保護の申請をしないよう指示まで行っていたのです。そのため、妻と次女は再び困窮に陥りました。吉廣弁護士のアドバイスを受けて、その住所地で保護申請をしたところ、住宅費を含め、約26万円の保護費が支給されることとなりました。経済的に安定したことから、気持ちのゆとりも生まれ、現在は妻・長男ともに仕事をして現在に至っているそうです。

さて、三郷市の違法行為についてですが、まず、福祉事務所長が一家の保護申請を認めようとしなかったことが問題です。最初の保護申請の時点で、一家は要保護状態にありました。また、申請の意思を伝えており、明らかに保護を決定すべきでした。また、住宅費を支給すべきだったのに支給しなかったこと、転居に伴う通知を怠ったことも違法だったと考えられます。

次に問題となるのは、福祉課職員の言動です。生活保護の申請は権利として保障されていると考えられており、保護の実施機関は、この申請を拒否することができません。しかし、福祉課職員は、一家の保護申請を繰り返し拒否しました。また、妻に対し、家賃を滞納している以上、家を出て転居するしかないと述べました。しかし賃貸人は家賃滞納を認め、少しずつでいいから支払ってくれればいいという対応であり、契約解除や退去を求めていませんでした。その意味で、職員の支持は誤りでした。

さらにこの職員は、妻の転居先で保護申請をしないよう指示していました。しかし先にも述べたように、保護の申請は権利だと考えられますし、加えて、転居に際しては通知義務さえ定められていたのです。この点においても、職員の言動には違法性があったと考えられます。以上のことから、夫婦は、本来なら支給されたはずの期間の分の保護費や慰謝料の支払いを求めています。

この裁判の訴状は、憲法第25条に言及していませんが、生活保護法は憲法第25条が保障する「生存権」を受けて制定されたものであり、その意味ではまさに憲法第25条に関わる裁判といえます。憲法が保障する「生存権」は、たんに「生きている権利」ではありません。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、言い換えるならば、人間の尊厳にふさわしい生存が保障されていると考えられます。最高裁は、この憲法第25条を、立法者の政治的・道義的義務を規定したものだとし、法的権利として認めてはいませんが、学説では、程度の差はあれ、法的な権利として認めるのが一般的な理解です。裁判所が、憲法第25条の意味をいかに解してこの訴訟に取り組んでいくのか、今後とも注目していきたいと思います。

なお、この訴訟の第一回口頭弁論が、10月31日午前10時より、さいたま地裁105号法廷で開かれます。原告である妻の意見陳述も予定されているとのことですので、興味のある方は傍聴に行かれてみてはいかがでしょうか。

 

 
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