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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判――(17)「従軍慰安婦」訴訟(3)

T.O.記

 2004年12月15日、東京高等裁判所。

 曇り空の肌寒いこの日、東京高等裁判所101号法廷には、「従軍慰安婦」訴訟(この訴訟については、戦後補償裁判(10)(11)をご覧ください)の判決を傍聴しようと、開廷30分前にもかかわらず、多くの関係者、市民が駆けつけていました。制服姿の高校生もありました。これまで、原告が敗訴することの多かった戦後補償裁判ですが、ここ最近は原告勝訴の判決も見られるようになり、また敗訴判決であっても、個別論点ではこの間の到達を超える内容が示されることもあって、この日もそうした期待が、開廷を待っている間にも聞こえてきました。右陪席の片野悟好裁判官が、新潟強制連行訴訟で原告勝訴の判決を出していたことも、期待を高める一因となっていました。

 午後1時15分。3人の裁判官が入廷し、開廷しました。冒頭に、マスコミが2分間の頭撮りを行いました。そして、いよいよ判決の言い渡しです。法廷内に緊張が走りました。「では判決の言い渡しをします。控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。以上です。閉廷します」。開廷まで待つこと30分以上。しかし、判決の言い渡しはわずか15秒ほどでした。理由を述べることもなく、裁判官はそそくさと席を立ち、法廷を後にしようとしました。何人かの傍聴人が、「逃げるな!」「こんな判決は認めないぞ!」とその背中に向かって声を投げかけました。控訴人(原告)の一人で、今日の判決のために遠く中国の山西省から駆けつけた劉面煥さんは、あまりに一瞬のことで何が起きたのかわからない様子でした。

 判決の後すぐに、裁判所前で支援者たちが集会を開きました。まず、弁護団の1人である穂積弁護士が、判決の説明をしました。それによると、控訴人らの被害事実は認定したものの、「国家無答責」と「除斥」の2つの争点について、控訴人らの主張を退け、請求を棄却しました。とりわけ、「国家無答責」については、近年でもこれを克服する判決がいくつか見られ、東京高裁も昨年の夏にこれを排斥する判決を出していたにもかかわらず、今回は「国家無答責」を採用して控訴人らの請求を棄却したため、支援者の間には失望が広がりました。

 続いて、中国人の弁護士で、「従軍慰安婦」訴訟や強制連行・強制労働訴訟の支援を続けている康健さんがマイクを握りました。彼女は判決の不当性を強く主張し、日本の裁判所に対する不信感をあらわにしました。最後に、控訴人である劉面煥さんにマイクが渡されました。それまでは冷静な様子に見えた劉さんでしたが、マイクを手にし、しゃべり始めたとたん、泣き始めました。「とにかくこんな判決は認められない。死ぬまで闘い続ける。私が死んでも、子どもたちが引きついで闘う」。泣き続ける劉さんは、これ以上の言葉を口にすることができませんでした。

 判決は、中国を侵略した日本軍が、「慰安所」を設置したこと、控訴人らが拉致され、監禁され、強姦されたこと、また現在も失明やPTSDといった被害が続いていること、こうした一連の事実を比較的丁寧に認定しました。一審判決が、事実認定さえしなかったことを考えると、この点は確かに一歩前進したといえるかもしれません。しかし、こうした事実認定をしつつも、裁判所は、「国家無答責」と「除斥」によって、控訴を棄却しました。しかも、裁判所が弁護団の主張を退けるに際しては、何ら実質的な論証をせず、そのような法制度があるから適用する、というに等しいものでした。穂積弁護士は、このような判決について、「たとえ敗訴させるにせよ、こちら側の主張に対して、きちんと論理的に反論すべきだ。それをしない裁判官は、職責を果たしているとはいえない」と強く批判しています。

 著名な法学者である渡辺洋三氏は、『法とは何か』(岩波書店)のなかで、次のようなことを述べています。"法学は正義を追究する学問である。法を学ぶものは、正義を求め、正義を実現する精神を身につけねばならない。この原点を忘れた者は、法について語る資格はない。このような人が法を学び、使うことは、むしろ有害でさえある"、と。「正義」の中身も人それぞれでしょうが、劉さんたちの訴えを、「国家無答責」と「除斥」によって斥けることで、正義が実現されたといえるのでしょうか。裁判官には、この「原点」をぜひいまいちど想起してほしいと思います。

訴訟資料(PDFデータ)

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