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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(22)――平頂山事件控訴審判決

T.O.記

2005年5月12日、午前10時。平頂山事件控訴審判決を傍聴しようと、多数のメディアや支援者が、東京高裁に駆けつけました。そして10時30分の少し前、裁判官3人が入廷しました。いよいよ判決の言い渡しです。

「本件各控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。以上です」。裁判長はこれだけ言うと、逃げるように法廷を後にしました。理由が全く述べられず、開廷から閉廷まで十数秒だったため、弁護団も傍聴人も、皆あっけにとられていました。

平頂山事件とは、1932年9月16日、中国遼寧省撫順市近郊の平頂山村で起きた、住民虐殺事件です。以下では、判決の解説に先立ち、平頂山事件の概要を述べたいと思います。


旗だし

柳条湖事件をきっかけに中国への侵略を進める日本に対し、中国人民は抗日活動を活発に行なっていました。そして1932年9月15日の夜、抗日民衆自衛軍が、撫順炭鉱の日本軍を襲撃しました。この戦闘で日本軍は死者5名、重傷者6名、炭鉱の作業停止などの損害を受けました。この襲撃事件の数時間後、撫順に駐留していた日本軍の首脳らは、自衛軍への協力を理由に、平頂山の住民を殺害することを決めました。しかし実際には、誰も協力していなかったといわれています。

そして1932年9月16日。日本軍は平頂山の住民に対して、「匪賊がくるから避難するように」と命じ、いやがる住民たちをむりやり村の一角に集めました。そして彼らに対して、機関銃の一斉掃射を行なったのです。機関銃掃射の後には、生存者がいないか確認し、生存者を見つけると、銃剣で刺し殺しました。後日、日本軍はこの大虐殺の事実を隠蔽するために、遺体に石油をかけて焼却した上、ダイナマイトで崖を爆破して遺体を埋めました。このとき虐殺された住民は3000人にのぼりました。

この事件で幸いにも生き残った方たちが、この虐殺行為に対して賠償を求めたのが本件訴訟です。2002年6月28日に言い渡された第一審判決で、東京地裁は、国家無答責などを理由に、請求を棄却していました。それに対して原告側が控訴し、今回の判決は、その控訴に対する判決でした。

結果は、冒頭に書いたとおり、控訴棄却でした。

判決は、一審の認定した事実を、すべて認定しました。さらに加えて、事件のために教育を受ける機会に恵まれなかったこと、平頂山事件の生存者であることを隠し続けなければいけなかったこと、そして精神的な傷跡を引きずりながら生活を送らざるを得なかったことを認定しました。


楊宝山さん

しかし、本件虐殺行為は、日本軍の戦争行為・作戦活動として行われたものであって、わが国の軍事力行使の一環としてなされたものであると認定しました。そして、国家賠償法施行前の行為については、同法付則6項が「従前の例による」としていたことに鑑み、「従前の例」がどのようなものであったかについて、明治期の行政裁判所法や裁判所構成法、あるいは民法に関する当時の議論を参照・検討して、当時は国家無答責、すなわち、権力的作用に基づく損害について国または公共団体は賠償責任を負わない、と判断しました。

立法不作為を理由とする賠償請求について、日中共同宣言により、中国政府が賠償請求権を放棄したことから、日本が被害者に対して「十分な賠償を行ったとはいえない」と述べました。それゆえ、「本件加害行為によって大きな精神的苦痛を受けたであろう控訴人らが我が国に対して賠償を求める本件訴訟を提起したことには無理からぬところがある」として、被害者の心情に一定の理解を示しました。しかし、国会の立法裁量を広く認めて、立法不作為の違法性を認めませんでした。

原告の一人で、この日の判決のために来日していた楊宝山さんは、「事実を認めたのに、賠償を認めないのは不公平です。言葉と国は違っても、感情は同じはずです。本件判決には、道義も正義もありません」と、判決を厳しく批判しました。

判決は、本件行為を公権力の行使と位置づけた上で、さらに「軍事力の行使はその性質上非人道的で残虐な側面を不可避的に伴う」としています。まるで、本件のような住民の虐殺は、戦争に「不可避的に伴う」ものである、と言っているかのようです。しかし、平頂山での虐殺は、通常の戦闘行為の最中になされたものでもありませんし、ましてや被害者らは住民であって、非戦闘員でした。戦時国際法は非戦闘員への攻撃を禁止しており、本件虐殺行為は、当時においても許されない行為です。それゆえ、戦争に「不可避的に伴う」ものとして、免責しうるものとは思われません。

本件虐殺現場は、現在は遺骨館として、当時のまま保存されています。筆者はかつてこの遺骨館を訪れました。そこで目にしたのは、二人で抱き合っている遺骨、子どもの遺骨と、その子を守るようにして上に覆い被さっている遺骨、赤ん坊の遺骨など、すさまじい数の遺骨でした。こうした被害事実がある以上、戦争に「不可避的に伴う」行為であるとし、救済を否定するのは、あまりにも理不尽ではないでしょうか。高裁も認めているように被害者への救済は不十分ですし、今後の日中関係をよりよくしていくためにも、きちんとした謝罪と賠償が必要であるように思われます。

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