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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(24)――劉連仁訴訟控訴審判決

T.O.記

2005年6月23日。劉連仁訴訟の控訴審判決が、東京高裁で言い渡される日です。本件は、戦時中に中国から強制連行され、強制労働に従事させられていた劉連仁氏が、強制労働に耐え切れず逃亡し、終戦を知らないまま、13年間に渡って北海道の山中に隠れていた事件について、賠償などを求めているものです。劉連仁氏は、第一審判決を聞く前に亡くなり、現在は遺族が訴訟を引き継いでいます。

本件では、第一審で東京地裁が原告勝訴の判決を言い渡していたため、メディアの注目度も高く、裁判所の前は、入廷行進を見ようと、大勢の支援者とメディアであふれていました。


入廷行進

入廷行進の後、法廷へ移動しました。裁判官も入廷し、いよいよ判決の言い渡しです。「それでは判決を言い渡します」。裁判所に緊張が走りました。「原判決を破棄する。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする」。傍聴席からは、「えっ!」といった声やため息が漏れました。判決の骨子を読み上げ、退廷する裁判官の背中に向けて、傍聴席からは「不当判決だ!」といった声が上がりました。

判決の構成は次のようになっています。まず、日本政府が、国内の労働力不足を補うため、政策として、多数の中国人を強制的に連行したことを認定しました。また、虐待があったことや、食料や衣服が乏しかったこと、衛生的にも問題があったことなどを認定しました。そして劉連仁氏自身についても、強制的に日本へ連行され、北海道の昭和鉱業所に配置され、食料や衣服が十分でないまま、強制労働に従事させられたこと、強制労働に耐え切れず逃走したこと、北海道の山中で逃走生活を続けていたこと、その過酷な生活のため、中国へ帰国してからも後遺症に悩まされつづけたことなどを認定しました。

続いて法的争点についてです。まず強制連行し強制労働させたことに対する国際公法違反に基づく主張については、個人の権利主体性を否定し、その主張を認めませんでした。民法709条の不法行為による損害賠償請求については、いわゆる「国家無答責の法理」の存在を認め、強制連行し強制労働させたことは公権力の行使であって、「国家無答責の法理」が適用されるとして、その主張を斥けました。

逃走後に捜索・救援活動をしなかったこと(救護義務違反)に対する賠償請求について、裁判所は、ポツダム宣言の受諾などにより、国が、強制連行した中国人らに対して、原状回復義務を負ったと認定しました。そしてこの義務により、劉連仁氏を捜索・保護する義務を負ったとしました。さらに、昭和鉱業所の報告書や外務省の報告書の記載から、国は、劉連仁氏が逃走し、死亡が確認されていないことを認識し、またその結果、飢餓・極寒・野獣等により、その生命・身体の安全が脅かされる事態に陥っているだろうことを、相当の蓋然性を持って予測できたと判断しました。また、劉連仁氏に対する保護義務違反と、劉連仁氏が受けた被害との間の相当因果関係についても肯定しました。

ここで裁判所は、国家賠償法第6条に定める「相互保証」の規定を持ち出しました。すなわち、外国人が日本政府に対して国家賠償を請求するには、その外国人の本国において日本人が被害者となった場合に、その国から日本の国家賠償法と同程度の要件によって賠償を受けられる制度が整備されている必要がある、とする規定です。そして、中国の状況を検討し、1987年以前には、相互保証の制度が整備されていなかったと認定しました。したがって、日本の国家賠償法制定以後から、劉連仁氏が北海道の山中で発見された1958年2月9日までの期間において、中国では「国家無答責の法理」が存在し、日本人が中国の国家公務員の違法行為によって損害を受けたとしても、中国政府に国家賠償を請求できなかった、すなわち「相互保証」がなかったとして、国家賠償法の適用を否定し、請求を棄却しました。

民法724条後段の「除斥」については、著しく正義・公平の理念に反すると言えるような特段の事情があるときは、適用を制限する、という一般論を認めました。その上で、本件では、1972年まで日中間で国交がなかったこと、中国では1986年まで海外旅行が自由にできなかったこと、中国における法意識が高くなかったこと、中国国民個人が賠償請求できるという考え方が最近までなかったことなどについて、出訴が遅れた事情として理解できるとしつつ、それらの事情は日本政府の責めに帰すべき事柄ではないとしました。また、政府が外務省報告書を隠し、国会でも虚偽の答弁をしていたことについて、「不公正との批判を免れない」としつつも、支援団体が報告書の一部を入手していたことなどから、出訴できなかったわけではないとして、除斥期間の適用が、著しく正義・公平の理念に反するものではないとして、適用制限を認めませんでした。

国の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求について、国が劉連仁氏に対して安全配慮義務を負うには、両者の間に直接的な雇用契約関係が存在している必要があるとし、両者の間に直接的な雇用契約関係があったとは認められず、雇用契約上の保護義務はないとしました。また、昭和鉱業所に入所させて以降は、劉連仁氏を直接に指揮監督し、衣食住の労働環境の整備や労働条件の設定をしていたのは、その企業の社員であるから、国が労務管理を行なっていたとはいえないとしまして、安全配慮義務違反の主張を斥けました。軍需被徴用者としての公法上の勤務関係に基づく安全配慮義務についても、劉連仁氏は、帝国臣民ではなく、国家総動員法・軍需会社法によって徴用された者ではないとして、その主張を認めませんでした。


旗だし

補償立法の不作為に基づく損害賠償請求については、在宅投票制度事件最高裁判決(1985年11月21日)を引用し、国会議員の立法不作為が違法となるのは、国会議員の立法過程における行動が一義的に定まっている場合をいい、憲法上、具体的な立法を行なう義務の内容が、立法の時期を含めて明文を持って定められている場合や、憲法解釈上、作為義務の存在が一義的に明白な場合に立法を怠るなどの場合に限定されるとしました。そして、憲法の各条項を見る限り、前文、9条(戦争放棄)、13条(個人の尊重)、14条(平等原則)、17条(国家賠償)、29条(財産権)などから、そのような立法義務を一義的に導き出すことはできないとして、その主張を斥けました。

高裁は、以上のように述べ、原審判決を破棄し、原告らの請求を棄却しました。この判決に対し、劉連仁氏の息子である劉煥新氏は、この判決に対し、「不当な判決だ。父の遺言どおり、勝利するまで闘い続ける」と語りました。そして判決を不服として上告しています。本件は、地裁で勝訴していたこともあって、メディアの注目度も高く、この原告逆転敗訴という判決は、新聞等で大きく報道されました。判決に対して批判的な社説を掲げる新聞もありました(北海道新聞6月24日付、高知新聞6月25日付、朝日新聞6月25日付、京都新聞6月27日付など)。

裁判所が、政府による強制連行・強制労働の事実、昭和鉱業所での労働が極めて劣悪な条件の下でのものだったこと、13年にわたる逃走生活の過酷さ、それに対する救護義務違反などを認めたことは、最近の戦後補償裁判では珍しいことではないですが、先の大戦を侵略戦争とする歴史認識に対し、「自虐史観」として批判する動きが強くなっている現在においては、やはり評価できるでしょう。

しかし、勝訴判決を言い渡した一審判決を覆したことは、きわめて不当なものでしょう。「国家無答責の法理」や除斥を適用したことについての批判は、すでに行なっているので、ここでは繰り返しません。以下では、「相互保証」について述べたいと思います。

「相互保証」を楯に原告らの請求を斥けた判決は、戦後補償裁判ではおそらく初めてのことであり、弁護団・支援者ともに、驚きを隠していません。もともと主要な争点ではなかっただけに、「国家無答責の法理」、時効・除斥に加え、新たなハードルが弁護団に課せられたと言えそうです。この「相互保証」の規定については、国家賠償を一種の恩恵的なものとする発想に基づくものであり、制定当時、外国人には基本的人権が保障されるという思想が一般的ではありませんでした。そうしたことから、このような規定がなされたと考えられます。

しかし、国際化の進んだ現在においては、日本の公務員による不法行為に対する救済の有無が、本国の法制と関係があるとする規定には、合理性がないように思われます。そもそも民法上は相互保証主義がありません。憲法第17条が「何人も」としていることとの整合性に疑問を提示する学説もあります(例えば宮澤俊義(芦部信喜補訂)『全訂日本国憲法』230頁(日本評論社、1978年))。また、国際的に内外人平等取扱いの原則が広がっており、憲法98条が国際協調主義を採用していることから、この「相互保証」を批判する学説もあります(例えば宇賀克也『国家補償法』358頁(有斐閣、1997年))。以上のように、学説からもその合理性が疑われている規定を適用して、原告らの訴えを斥けた判決は、不当なものであるように思われます。

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