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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(25)――8・4チチハル毒ガス被害者証言集会

T.O.記

 2005年8月3日、東京弁護士会館クレオにおいて、「私の夢は もう かなわないの…? 〜8・4チチハル毒ガス被害者の要求をとどける緊急アピール集会〜」と題された集会が開かれました。

 2003年8月4日、中国チチハル市の団地の地下駐車場建設現場から、5つのドラム缶が掘り出されました。このドラム缶は、日中戦争の際に、旧日本軍が中国へ持ち込み、敗戦後に遺棄した毒ガスがはいったものでした。また、周辺の土は、ドラム缶からもれた毒ガスによって汚染されていました。しかし、そんなことを知らない作業員らは、ドラム缶の中身に触れ、また子どもたちは汚染された土の上で遊びました。それにより、44名が毒ガスによる被害を受け、うち一人が死亡しました。

 政府に対して今後の医療保障・生活保障などを要求するために、被害者とその家族が、事故の日にあわせて来日しました。その声を、市民にも聞いてもらおうと企画されたのが、この日の集会でした。

 まず、ビデオでチチハルの毒ガス事故の様子が紹介されました。現場の様子、被害者の証言のほか、チチハル事件以前にも起きていた毒ガス事故被害者の現在の様子が紹介されました。このビデオによって、毒ガスの被害が、事故当時だけでなく、現在も続いており、さらに将来にわたって続くという実態が明らかにされました。


集会の様子

 続いてチチハル事件の被害者が、被害の実態について証言しました。王成さん(25歳)は、事故にあって入院しましたが、被害が大きかったため、治療に時間がかかりました。その治療というのは、毒ガスのために糜爛した皮膚を、骨が見えるほどまで剥ぎ、新たな皮膚を移植する、というものでした。しかし翌日には同じ部分がまた糜爛するため、毎日同じ治療を繰り返したといいます。そして、結婚適齢期にもかかわらず、相手も見つからないまま、将来にわたってこの被害に付き合っていかなければならないと語りました。

 丁樹文さん(26歳)は、両親、妻、子どもという大家族を支える存在でしたが、事故によって働けなくなり、精神的にも肉体的にも被害を受けています。その苦しい胸のうちを明かしたとたん、彼は泣き出してしまいました。そして泣きながら、毒ガスによって受けた傷痕を見せてくれました。今も激しい痛みがあるといいます。そして再び泣き崩れ、それ以上話すことができませんでした。彼が心と体に受けた傷が、彼を一生苦しませるのかと思うと、聞いていて胸が痛みました。

 被害者には子どももいました。陳紫薇さん(12歳)は、毒ガスに汚染された土に触れたため、被害を受けました。以来、風邪をひきやすくなり、また目が見えにくくなって学校の黒板の文字がよく見えず、成績が落ちたといいます。友達も遊んでくれなくなり、心が痛む、と話してくれました。

 高明さん(10歳)も、汚染された土に触れて被害に遭いました。昼に走ると、夜に足が痛むようになったため、走れなくなったといいます。馮佳縁さん(12歳)もまた、激しい運動ができなくなり、大好きだった体育に参加できず、授業はいつも見ているだけになってしまったといいます。友達もいなくなり、いつも部屋に閉じこもっているそうです。戦後60年がたった今でも、何の罪もない子どもたちが戦争の被害に遭うことは、本当に悲しく、許しがたいことだと、証言を聞いていて思いました。

 この事故に対して、日本政府は3億円の「お見舞金」を支払いました。そして、被害の大きさに応じて、被害者に分配されました。しかし、毒ガス被害の治療にはお金がかかります。事故直後の入院費と治療代、そして薬代だけでかなりの額を使ってしまい、残りはあまりありません。ですが、毒ガス被害に対して根本治療はできず、対症療法しかないため、被害者は一生にわたって治療を必要とします。一時的な「お見舞金」だけでは不十分なのです。今回の来日は、そうした被害実態に対して、医療保障や生活保障を政府に求めるのが目的でした。


被害者の皆さん

 また、国内でも毒ガスの被害を受けた人がいます。たとえば、毒ガスを製造・保管していた多久野島では、その作業の際に被害を受けた人たちがそうです。そのうちの一人、神中貞夫さんは、中学2年のとき、多久野島で毒ガス保管庫の解体作業に従事し、毒ガスの被害を受けました。風邪を引きやすくなり、慢性的な気管支炎に悩まされました。現在は、国から医療費援護などを受けています(日本国内では、毒ガス製造に従事した人などに対して、医療費などの援護があります。詳しくは、 http://www.pref.hiroshima.jp/fukushi/gentai/gas/を参照してください)。神中さんは、最後に、毒ガスを製造したのは日本であるから、その被害者に対して日本政府は謝罪し賠償すべきである、それをしないで、世界平和だとか靖国参拝だとか言わないでほしい、と訴えました。

 また、茨城県神栖町でも、毒ガスと同じ成分(ジフェニルアルシン酸)による被害を受けた住民がいます。当初は毒ガスによる被害と思われていましたが、今年の1月に、井戸付近からヒ素化合物を含むコンクリート塊が発見され、これが原因であるとされました。この被害に対して、被害者たちは、コンクリートを投棄した者らを、殺人未遂などで刑事告訴しました。

 最後に、「人道的観点からチチハル事件毒ガス被害者の早期救済を求めるアピール」が採択され、集会は終わりました。

 8月1日、自民党新憲法起草委員会は、改憲案の原案を発表しました。そして9条については、自衛隊を合憲化し、海外での武力行使も事実上認めました。9条はもともと、日本がかつて中国などを侵略したことに対し、二度とそうしたことをしないという誓いの下で制定された条文です。それは同時に、かつての戦争で被害を受けた人たちの救済も意味していたはずです。8・4毒ガス被害者をはじめ、現在でもなお、先の大戦による被害者は大勢おり、特に毒ガス被害については今後も増える可能性があります。こうした問題を解決しないまま9条改憲を言うことが、各国からはどう見えるのか、改めて考える必要があるように思います。

参考ホームページ
毒ガス被害者をサポートする会

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