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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(30) 強制連行長野訴訟判決

T.O.記

2006年3月10日、中国人強制連行・強制労働長野訴訟の判決が、長野地裁で言い渡されました。判決は、原告らの請求を全て棄却しました。以下、判決についての解説をしたいと思います。

本件は、戦時中に、中国から日本に強制的連行され、日本において強制労働させられた中国人被害者やその遺族らが、日本政府と、熊谷組や鹿嶋建設などの企業を相手として、損害賠償や謝罪広告を求めた事件です。主な争点は、(1)国・企業に不法行為責任があるか、(2)国家無答責の法理が適用されるか、(3)時効・除斥期間が経過したか、(4)安全配慮義務違反が存在したか、などです。

各争点に対する裁判所の判断ですが、まず(1)について、その前提として、以下のような
事実認定を行いました。すなわち、1937年に始まった日中戦争の拡大により、日本国内の労働力が不足したため、1942年に、政府と企業が協議を行い、中国人労働者の移入の実施とその要領を決定しました。さらに同年11月27日には、「華人労務者内地移入ニ関スル件」という閣議決定がなされ、政策として中国人労働者を日本へ「移入」することが決定されました。これに基づいて「移入」された中国人労働者は4万名近くに上ります。労働者の募集には、自由募集などのほか、行政供出という、一定数の供出を割り当てて強制的に労働者を集める方法も採られており、集められた労働者のうち、行政供出がその過半数を占めました。この行政供出については、外務省の報告書にも、「半強制的ニ供出セザルヲ得ザル」と記されていました。

中国から日本への移送に際しても、水や食事が十分ではなく、大勢の労働者が死亡したことや、労働現場では、十分な食事も与えられず、虐待がなされていたこと、それにより、多くの労働者が死亡したことについても認定しました。こうして死亡した労働者は、6830名に上ります。そして、原告ら個々人についても、強制的に連行されたこと、劣悪な環境での強制労働などが行われたこと、虐待を受けたこと、原告らが帰国した後も中国で差別を受けたことなどについて、詳細に認定をしました。

以上の事実を前提として、国の不法行為責任について、裁判所は、こうした強制連行・強制労働が、国の政策の実現として行われたこと、中国人労働者を使用する事業所を決定する権限が厚生省にあったこと、各企業の事業所に警察官が派遣され、中国人労働者の管理や取締りに当たっていた事実に照らして、国には、こうした強制労働をさせたことについて、不法行為を行ったと認定しました。

また、企業の不法行為責任については、企業が国に対して中国人労働者の移入政策の決定を働きかけていたこと、中国人労働者の輸送に職員を派遣するなどして協力したこと、原告らに労働を強制し、その労働の成果を享受したこと、労働に従事したものが多数死亡し、あるいは重度の障害を負っていることなどから、こうした強制連行・強制労働は不法行為に該当するとしました。

争点(2)国家無答責について、裁判所は、国家賠償法附則6項が、国家賠償法思考前の好意に基づく損害については、「従前の例による」と定めていることの意義を検討しました。そして、明治憲法下における行政裁判法第16条が、行政裁判所は損害賠償請求訴訟を受理しないと定めていたこと、民法制定過程において、国家に対する賠償請求訴訟に関する規定が削除されたこと、国家賠償法制定過程において国家無答責の法理の存在が確認されていることなどから、附則6項は、国家無答責の法理を採用したものと判断し、本件においてもこれが適用され、中国人を強制連行・強制労働させたことについて、不法行為責任を負わない、と判断しました。

争点(3)時効・除斥について、民法724条後段の規定を、消滅時効ではなく、被害者の主観的事情に関わらず一定の時の経過をもって法律関係を定める除斥と解しました。そして、その起算点を、「不法行為の時」すなわち、強制連行・強制労働の終了した時点であるとし、その時期を、原告らが中国に帰国した1945年12月末ごろであるとしました。そのため、1965年12月末ごろに除斥期間が経過した、としました。

不法行為の態様の悪質性、被害が重大な人権侵害であること、原告らに権利行使可能性がなかったこと、加害者である彦倉による権利行使妨害行為があったことなど、正義・公平に反することから、除斥期間の適用が制限されると原告らが反論した点について、中国では1986年に初めて一般市民が私事で国外旅行できるようになったことや、日中共同声明によっても個人賠償請求権は放棄されていないとする見解を中国当局が初めて認めたのが1995年であったことなどは、原告らの権利行使を妨げるものではなかったとしました。外務省が、報告書の存在を隠蔽していたことについても、外務省の対応を批判しつつも、外務省報告書がなくても訴訟提起は可能であったなどとして、正義・公平の理念に反する特段の事情があるとはいえないとしました。

争点(4)安全配慮義務違反について、これが信義則上のものであって、「ある法律関係に基づく特別な社会的接触の関係」にある場合に認められるものであるとしたうえで、それが認められるには、「当事者間に直接の契約関係あるいはこれと同視し得る程度の関係が存在することが必要である」という基準を立てました。その例として、労働契約関係が挙げられています。

本件において、安全配慮義務違反があったかどうかについて、外形的には、被告企業と原告らの間には労働関係に類似した関係が成立しているとしました。しかし、原告らが被告企業において労働することを承諾したことは一度もないことから、原告らは労働を行う義務を負わず、したがって、直接の契約関係はもちろん、これと同視し得る程度の関係も存在しないとして、被告企業には安全配慮義務がないと判断しました。

国の安全配慮義務についても、中国人労働者は国家総動員法に基づく徴用ではないこと、原告らに対して支配・管理を行っていたのは企業であることなどから、原告らと国との間には直接の契約関係あるいはこれと同視し得る程度の関係が存在するとは認められないと判断しました。それゆえ、国も安全配慮義務を負わないとしました。加えて、仮に安全配慮義務が存在するとしても、消滅時効によって、請求権が消滅するとも判断しています。

以上のように、裁判所は、原告らの主張を全て否定して、請求を棄却しました。

判決文には表れていませんが、裁判長は判決言い渡し後に、個人的な心情として、本件において原告らは非常に大きな被害を受けており、政治的に解決されるべき旨述べたそうです。これは、原告らの訴えが裁判官の心にも届いていることをうかがわせます。しかし、本当にそう思ったのであれば、原告側の法的論理に基づいて、勝訴判決を書くこともできたはずです(2004年3月26日には、同じく中国人強制連行の事件について、新潟地裁で原告全面勝訴の判決も出ています。この判決については、戦後補償裁判(7)をご覧下さい。)。

また、政治的解決には、それを主張するための強力な根拠が必要です。勝訴判決がそれであることは、疑いを容れないところではないでしょうか。例えば、ハンセン病の元患者の方々全員が補償を受けることができたのは、20001年5月11日の熊本地裁での勝訴判決が大きな原動力となっています。もし、熊本地裁で敗訴判決が言い渡されていたら、判決後の迅速な救済がなされていたかどうかは疑問のあるところでしょう。同じように、本件でも、勝訴判決が言い渡されていれば、政府に対して政治的解決を要求しやすくなります。敗訴判決を言い渡しておいて、「政治的に解決されるべきだ」という付言は、言い訳以外のなにものでもないように思われます(原告の一人、蒼欣書さんや、弁護団も、裁判長の付言を「言い訳だ」と批判したと新聞などでは伝えられています)。裁判所には、口先だけではなく、この問題を解決すべきだという真摯な姿勢を見せてほしかったと思います。

本件は、週明けにも控訴されると伝えられています。憲法研究所では、今後もこの訴訟について、レポートしていきたいと思っています。

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