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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(34)――化学兵器CAREみらい基金 設立イベント

T.O.記

2006年5月24日、青山ウィメンズプラザにおいて、化学兵器CAREみらい基金の設立イベントが開催されました。化学兵器CAREみらい基金とは、旧日本軍が敗戦時に中国に遺棄してきた化学兵器の被害に遭っている中国人の被害者たちを支援する基金です。このイベントにあわせて、被害者の方たちも来日しました。

はじめに、中国で起きている遺棄化学兵器による事故や被害についての簡単な説明がなされました。2003年にチチハルで43名が被害に遭う大きな事故や、2004年に敦化で子ども2名が事故に逢うなど、21世紀に入っても被害が起き続けています。今回来日した被害者は、これらの事故で被害に遭われた方たちです。

続いて、チチハルの事故の被害者である丁樹文さんが被害についての証言をしました。丁さんはエンジニアとして、工事現場で働いていた2003年8月4日、地中から掘り出された旧日本軍の毒ガス兵器により、事故に遭いました。足に水泡ができ、最初は小さかったものが、時間とともに大きくなり、卵ほどの大きさにまでなったそうです。翌日、痛みに耐えかね、病院へ行きました。ハサミで水泡をつぶすという治療を、麻酔なしで行ったそうで、そのときの痛みは忘れられないといいます。

事故当時24歳で、現在26歳の丁さんは、これからのことを考えると不安になると言います。また、今でも被害が続いており、気管支に炎症を起こしたり、傷跡が痛んだりするそうです。家族は両親、祖母、妻、娘の6人で、自分が大黒柱として家族の生活を支える立場なのに、逆に自分が養ってもらっており、それを考えると目の前が真っ暗になる、これからのことは考えたくない、と語りました。

丁さんに続いて、馮佳縁さんが証言しました。馮さんも丁さんと同じく、チチハルで2003年8月4日に事故に遭いました。事故当時、11歳でした。事故のため、走るのが得意だったのに、足の痛みによって、それができなくなりました。また、走ると息切れし、呼吸が苦しくなるそうです。歌うのも好きでしたが、いまはのどの痛みによって、歌うことができません。声も、事故前と変わってしまったようだといいます。風邪をひきやすくなり、発熱もあるそうです。また、目の調子も悪く、長時間にわたって本を読むと、涙が止まらなくなるそうです。将来についても不安ばかりで、症状が悪くなるのか治るのか、そればかりを考えていると語りました。

さらに馮さんの母親である白玉栄さんが、馮さんの症状について語りました。事故に遭ってから精神的に不安定になり、夜中に突然目を覚ますことが多くなったといいます。そして目が覚めると、決まって、新しい水泡ができてないかと確認するそうです。スケート選手であった父親は、馮さんもスケート選手にしたいと考えていましたが、それもかなわず、母親である白さんは、学校の先生にしたいと考えていましたが、事故後、集中力や記憶力の低下により成績も下がり、その夢もかなわなくなった、と語りました。そして、今は勉強よりも健康が大事で、娘の被害が治れば、それが一番の幸せだと述べました。

続いて、2004年7月23日に敦化で事故に遭った劉浩くんが、事故や被害について語りました。劉くんは、事故当時9歳でした。友人3人と水遊びをしていたところ、泥の中から砲弾を発見しました。棒でつつくなどして遊んでいる最中に、棒の先についた毒ガスが体に付着し、被害を受けました。足や手に水泡ができ、痛んだそうです。翌日、病院で、水疱をつぶして中の膿を出すという治療を受けました。ハサミで水泡を切り取る治療が怖かったそうです。退院後も体調がすぐれず、風邪をひいたりすることが多いそうです。また、父親の劉国義さんも、劉浩くんの被害について証言し、将来の不安を訴えました。

そして丁樹文さんが、被害者を代表して、会場の人たちへのメッセージとして、次のようなことを語りました。

“私はチチハル事件の被害者の一人で、被害者の代表として今回来日しました。被害者やその家族みんなが、将来に対して見通しを持てない状態です。日本政府に対して、生活支援、治療の保障体制を整えてほしいと思います。そしてもっと大切なことは、中国から遺棄毒ガス兵器を一日も早く取り除き、同じ被害者を出さないことです。日本の弁護団、支援者、今日の来場者の皆さんのおかげで、日々生活しています。皆さんに感謝しています。解決までどれくらい時間がかかるかわかりませんが、支援をお願いします。”

次に、今年の3月にハルピンで毒ガス被害者の健康調査に当たった藤井医師が、被害の状態について報告しました。

51名が調査対象となり、胸部レントゲン、痰、血液、免疫系統、肝臓、腎臓、尿検査、心電図などの検査を行いました。その結果、前回(2005年8月)に比べ、免疫力の低下が見られたそうです。肝臓・腎臓には異常は見られなかったそうですが、チチハルの事故では1名が死亡しており、その被害者には肝臓・腎臓への被害もあったと思われることから、将来的に影響が出てくる可能性があると指摘しました。

また、倦怠感、集中力ややる気の欠如といった精神の症状が、全員に見られるという点を指摘しました。性的能力の低下や便秘、視野が狭くなるといった症状もあり、こうした症状は2005年の8月には見られなかったと指摘しました。現時点では、精神症状が一番の問題であり、精神科医の診察が必要であると述べました。そして、毒ガスについてはまだ分かっていないこともあるが、少しでも知見を増やして、被害者の救済に役立てたいと述べました。

また、山田勝彦弁護士から、被害者の生活状況について報告がありました。倦怠感や集中力の低下などの精神症状によって、ほぼ全員が失職し、生活に困窮している事実が報告されました。また、チチハルや敦化の事故の被害者には一時金が支払われていますが、ほとんどが治療費に消えてしまっており、今後とも支援が必要であることも指摘されました。また、子どもたちについては、集中力の低下により勉強が手につかないといった被害のほか、毒ガス被害が感染するという誤解から、いじめにあうなどの被害を受けていることも報告されました。

中国人弁護士である羅立娟からの発言もありました。羅弁護士は、戦争は60年前に終わったといわれるが、中国ではこうした被害が続いており、まだ戦争は続いている、と指摘しました。また中国には数多くの遺棄兵器が残されており、いつ事故が起こるかわからない、事故が起こる前に早く処理をしてほしいと訴えました。

被害に遭った方たちは、みなどこにでもいる一般市民です。いつもどおりに仕事をしたり、遊んでいたりして、その中で毒ガスの事故に遭い、一生治らない傷を心と体に負いました。こうした事故は、旧日本軍が毒ガス兵器を遺棄したこと、そしてその遺棄行為を知っていたにもかかわらず、きちんとした調査をせず、回収・処理を怠った日本政府に責任があります。日本政府は早急に被害者に対して謝罪と生活の補償を行い、そして治療体制を整えるべきだと思います。

なお、化学兵器CAREみらい基金に興味をもたれた方は、連絡先は以下のようになっています。お気軽にお問い合わせ下さい。

化学兵器CAREみらい基金(平日10:00〜18:00)
住所 〒160-0008 新宿区三栄町8−37 三栄町K1ビル
tel: 03−6277−1600 fax: 03−3498−2260
e-mail: care-kkn@tk2.so-net.ne.jp

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