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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(35)――海南島戦時性暴力訴訟3

T.O.記
2006年8月30日、海南島戦時性暴力事件に対する判決の言い渡しがありました。地裁レベルでは最後の戦時性暴力事件ということもあってか、メディアからの注目度も高く、裁判所前には多くのメディアが取材に駆けつけていました。また、支援者の中には若い学生も数多く見られました。多くの支援者が傍聴を希望したため、傍聴券は抽選となりました。幸い、私は傍聴券を引き当てることができました。


入廷行進

午後3時になり、3名の裁判官が入廷しました。冒頭、報道用に2分間のTV撮影が行なわれました。そしていよいよ判決の言い渡しです。裁判長が口を開きました。「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」。裁判官は、わずか数秒の間にこれだけを言うと、逃げるようにして退廷してしまいました。全面敗訴判決に加え、判決理由の骨子さえ言わない態度に、傍聴席からは批判の声が上がりました。私自身も、法廷で判決を聞き、もしその判決に自信があるなら、堂々と判決理由も含めて言い渡すべきではないか、と思いました。

さて、その判決ですが、以下のような内容です。

事実関係については、おおむね原告側の主張を認めました。まず、「慰安所」の設置について、旧日本軍が直接ないし間接に関与したこと、および「慰安婦」の中には、その意に反して連れてこられ、性行為を強制された者も数多くいたことを認めました。そして原告らについても、強制的に連行され、複数の日本兵に毎日のように強姦されたこと、日中は強制労働させられた者もいたこと、厳しい管理の下で逃げ出すことができなかったこと、暴行を受けたときの傷跡が今も身体に残っている者もいること、戦後も「慰安婦」であったことを理由に周囲の人々から誹謗中傷されたこと、今も悪夢に苛まれていることなどを認定しました。

続いて、法的な争点についてです。主な争点は、(1)本件加害行為に対して民法709条・715条の規定が適用されるかどうか、すなわち、国家無答責の法理(日本国憲法が制定される以前、国家による不法行為には賠償責任がないとする法理)が妥当し、民法の適用が排斥されるかどうか、(2)民法729条後段の期間(いわゆる除斥期間)が経過したことで、損害賠償請求権が消滅したかどうか、(3)戦後、日本政府が、被害者らの名誉回復措置を講じなかったことが違法かどうか、です。以下、裁判所の判断を見ていきます。

(1)国家無答責について
裁判所は、大日本帝国憲法下で、行政裁判所は損害賠償の訴訟を受理しないとされていたこと(行政裁判法第16条)、裁判所構成法の立法過程において国家賠償請求訴訟の規定が削除されたこと、民法に公権力の行使による損害の賠償について何ら規定がないこと、大審院の判例もあることなどから、「国家無答責の法理」を認めました。そして「国家無答責の法理」は国家賠償法附則6項にいう「従前の例」に含まれるとして、民法709条・715条に基づく損害賠償請求を斥けました。保護されるべき法益のある行為ではなく、国家無答責は妥当しないとする原告らの主張については、そのような行為は個人的な行為であって、国に責任はないとしました。また、加害行為の残虐性や被害の甚大性に鑑み、正義公平の観念から国家無答責を排斥すべきとの主張についても、国家無答責を排斥しても民法が適用されることにはならないなどとして、斥けました。

(2)除斥について
裁判所は、民法724条後段は除斥期間を定めたものだとした上で、除斥期間の起算点を、加害行為のあったときとしました。そしてその加害行為がなされたのは戦時中であることから、2001年に提訴した時点ですでに損害賠償の請求権が消滅していたとしました。また、PTSDの発症があり、今も被害が続いていることから、除斥期間の起算点が到来していないという原告側の主張についても、原告らがPTSDだという診断書がないことや、本件加害行為による精神的損害の持続とPTSDとの区別が不明確であるとして、採用しませんでした。さらに、原告らは、不法行為による加害行為の重大性などを主張して、除斥期間の適用の制限を主張しましたが、この点についても、裁判所は、十分な説明もないまま、除斥期間の適用を制限するに足る事情がないとしました。

(3)名誉回復措置の不作為について
裁判所は、行政府の作為義務は立法によって生じるものだとし、本件被害については救済を命ずる法律がないこと、憲法73条などの規定からそういった義務を導くことはできないこと、憲法13条・国家賠償法1条・ポツダム宣言・サンフランシスコ講和条約なども原告らの主張するような救済措置を行なうべき責任を一義的に定めていないことなどを理由に、名誉回復の措置を行なう法的義務は存在しなかったとしました。

ただ、一般論として、法令上の根拠がなくとも、条理として作為義務が生じる場合があるとし、その要件として、危険の存在、危険発生の予見可能性、その危険を回避できる可能性を挙げました。そして、危険の存在について、原告ら被害者の社会的評価の低下は認めつつも、さらなる社会的評価の低下の危険はなく、したがって危険回避の作為義務は生じないし、新聞広告などで社会的評価の低下を防止することができたともいえないとして、政府の作為義務違反についての主張を認めませんでした。

立法不作為についても、国会が、戦争犠牲・戦争損害に対する救済措置についての立法をなすべき義務が、憲法上明白に定められているとは言えないとして、請求を認めませんでした。

以上のように判断して、原告らの請求をすべて棄却しました。


判決後、裁判所前で取材を受ける
原告の陳亜扁さん

午後6時半から、東京しごとセンターで判決報告集会が開かれました。原告の一人で、今回の判決のために来日した陳亜扁さんは、「たった1秒でこの重大な問題に判決を言い渡したことに怒りを感じる。正義を取り戻すために来日したのに、不公正な判決だった。日本の過去の罪を認めず、謝罪も賠償もないのは、被害者として許せない。真の友好、真の平和を築くためには、過去の罪を認め、公正な判決をすることが必要だ」とコメントしました。そして、「悪い判決だが、ひるまずに闘いつづけたい。みなさんにも支えてもらいたい」と支援を訴えました。

また、この判決に対しては、中華全国律師協会(日本で言えば日本弁護士連合会に該当します)など5団体が共同で声明を発表し、「他者の人権と尊厳を無視し、人類の平和にそむくこのたびの不当判決は、ふたたび中国人戦争被害者を傷つけ、中国国民と世界の平和を愛する人たちを激しく憤慨させる」と厳しく批判しています。

いわゆる「慰安婦」については、1993年に、河野洋平官房長官(当時)が事実関係を認めています。にもかかわらず、訴訟の場において、政府は事実を認めようとせず、被害者個人に対してきちんとした謝罪もしようとしません。原告らは高齢化しており、本件訴訟も8名の原告のうち2名がすでに死亡しています。残された時間はほとんどありません。被害者が生存している間に、政府は、戦時中の加害行為を認め、それに対する謝罪と賠償をきちんとすべきだと思います。

本判決に対して、原告らは控訴するそうです。法学館憲法研究所では、引き続き本件訴訟をレポートしていきたいと思います。

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