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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(40)――遺棄毒ガス・砲弾第二次訴訟高裁判決

T.O.記

2007年3月13日、東京高裁において、遺棄毒ガス・砲弾第二次訴訟に対する判決が言い渡されました。遺棄毒ガス・砲弾による被害は、21世紀に入っても中国の各地で起きていることもあって、注目度も高く、判決の言い渡される午後3時の1時間以上も前から、裁判所前には多くのメディアが詰めかけていました。


入廷行進

しかし、判決言い渡しという、原告らにとってはもっとも重要な日であるにもかかわらず、原告は誰一人としていませんでした。実は、中国人が来日するには、事前の準備にかなりの日数がかかります。そのため、弁護団は、判決言い渡しの日時は3ヶ月前に指定してほしいと要望していました。ところが裁判所はそうした要望を聞き入れず、2月初旬に、判決言い渡しを3月13日と指定したのです。そのため、原告らは準備が間に合わず、誰も出廷できないという状況になりました。

さて、いよいよ午後3時になり、裁判官が入廷しました。そして冒頭、2分間の法廷内撮影がなされ、いよいよ判決の言い渡しです。この間、裁判長が書類をめくったりして時間が少しあき、法廷の緊張感が高まります。そして裁判長が口を開け、「それでは判決を言い渡します。主文、本伴控訴をいずも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。の判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める」と、これだけを言うと、退廷してしまいました。判決理由の骨子さえ言わないその態度に、怒りを覚えました。

弁護団から判決を提供していただいたので、その内容を紹介したいと思います(判決要旨は中国人戦争被害者の要求を支える会のホームページで読むことができます)。


旗出し

国側は、本件被害をもたらした毒ガス兵器・砲弾は旧日本軍のものではなく、ソ連軍ないし国民党軍のものである可能性があると主張していました。これに対し裁判所は、旧日本軍が毒ガス兵器を製造し中国に配備したこと、日本軍兵士らが毒ガス兵器を中国に遺棄した例があること、戦後、軍が毒ガス兵器に関する情報を連合国に対し秘匿しようとしたこと、さらに武装解除によりソ連軍に毒ガス兵器が引き渡されたとする証拠がないことなどを理由に、旧日本軍が毒ガス兵器を遺棄・隠匿したと認めました。その上で、被害をもたらした4つの事件について、砲弾やドラム缶の形状などを検討し、いずれも旧日本軍のものであると認定しました。

続いて、こうした事実認定に対する法的な判断についてです。ここでは国家賠償法による請求に対する判断を見ていきます。

国に作為義務(毒ガス兵器を回収し処理する義務)があったかどうかについて、国側は、法令の根拠なしに作為義務は生じないと主張していました。これに対し裁判所は、毒ガス兵器の使用は国際法で禁止されていたこと、これによる人の生命・身体への被害が重大であること、それにもかかわらず国はこれを回収せず放置したことから、このような場合、一定の要件を満たせば、条理に基づいて、作為義務を負うとしました。

裁判所は、その要件とは(1)違法な先行行為の存在、(2)危険性の存在とその切迫性、(3)被害の予見可能性、(4)被害の結果回避可能性、の4点であるとして、それぞれ検討しました。

(1)違法な先行行為について
裁判所は、国際法で毒ガスの使用は禁止されていたこと、生命・身体への被害が大きいこと、にもかかわらずその毒ガス兵器を放置したことは、違法であるとしました。そして、こうした毒ガス兵器を日本は遺棄・放置したのであり、違法な先行行為があったと認めました。

(2)危険性の存在とその切迫性について
裁判所は、本件事故をもたらした毒ガス兵器が、人の生活圏内に存在していて、これらに触れることで生命・身体に危険をもたらしたとして、危険性の存在とその切迫性を認めました。

(3)被害の予見可能性について
裁判所は、日本軍が毒ガス兵器を日本に持ち帰ったとは認められず、それゆえ、日本政府は、中国に大量の毒ガス兵器が遺棄されていると推測できたこと、敗戦後、復員兵に対する事情聴取を行っており、毒ガス兵器の遺棄についての情報を入手しえたこと、毒ガス兵器の危険性の認識などから、各事件の発生した地域を含む中国各地で、毒ガスへ遺棄による事故が発生することを予見することが可能だったとしました。

(4)被害の結果回避可能性について
(3)の認定までは、原告らの主張を採用していた裁判所ですが、最後の結果回避可能性について、これを否定しました。裁判所は、回収措置が主権の行使にあたり、他国である中国においては、同意なくその主権を行使できないとして、結果回避が不可能だったとしました。


報告集会

また、直接回収できなくても、中国政府に対し、回収・保管を依頼できたとする主張についても、毒ガス兵器の遺棄が大量であったこと、遺棄された場所が広範であることなどから、依頼するにしても場所を特定できず、依頼だけでは被害を回避できるとは言えないとして、原告らの主張を斥けました。情報提供についても、それがあったからといって、被害を回避できたとはいえないとしました。

つまり、裁判所は、被害の結果回避可能性がなかったという一点だけで、国の作為義務の成立を否定し、原告らの訴えを斥けたわけです。

しかし、日本政府は、中国に対して、毒ガス兵器を遺棄したことさえ伝えなかったのです。もし日本政府がそうした情報を伝えれば、中国政府が日本政府の調査を受け入れる可能性は非常に高いと考えられます。毒ガス兵器という極めて危険なものが遺棄・放置されていることを知らされた国家が、それを無視したり、相手国の申し出る調査を断ったりする理由があるでしょうか。私にはその理由が見つかりません。それゆえ、結果回避可能性についての原告らの主張を斥ける理由としては、非常に説得力がないものであり、不当な判決だったと思います。

この日の午後7時から、東京しごとセンターで、判決報告集会が開かれました。集会では、毒ガス被害の実態について詳しい解説がなされました。また、判決についての解説もなされました。その中で、南典男弁護士は、「毒ガス兵器を巧妙に隠したことや、危険を作り出した側の怠慢によって、結果回避可能性を低くしたと認められるのはおかしい」と指摘しました。私も、毒ガス兵器を、見つけにくい場所に遺棄することは、遺棄行為の悪質性を高めると考えるべきであり、結果回避可能性を低くすると評価するのは考えが逆転しているのではないかと思います。

また集会では、判決を受けた原告の方のコメントが紹介されました。張岩さんは「判決はあまりに不当です。理にかなっていません。事実を認めているのに責任を回避している。日本は中国人を人間として尊重しないのですね。またこのような判決かとがっかりしました」とコメントしたそうです。

また、李国強さんは「命がもちません。私は結果が出る前に死んでしまうかもしれません。毎日薬を飲んでいます。体調が本当に悪いのです。これまでの薬代で一軒の家を建てられたと思います。薬はとても高いのです。私の人生はこの被害によって大きく傷つけられました。なんと悲しい人生でしょうか。死ぬ前に必ず勝訴の日を迎えたかった」と悲痛な思いを述べたそうです。また「日本は、なぜ過去の罪を認める勇気をもてないのでしょうか」と政府を批判するコメントもしたそうです。

李国強さんもコメントしているように、原告らは毒ガスの被害により、さまざまな病気を発症し、治療に莫大な費用がかかっています。精神的苦痛も大きなものがあります。彼らの被害は、裁判所も認めたとおり、日本政府の行為が原因です。裁判所は法的責任を否定しましたが、だからといって政治的・道義的責任が否定されたわけではありません。政府は、彼らが生きているうちに、その償いをするべきだと思います。

参考:弁護団声明

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