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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(44)――遺棄毒ガス1次訴訟控訴審判決

T.O.記

入廷行進

2007年7月18日、東京高裁で、遺棄毒ガス事件第一次訴訟の控訴審判決の言い渡しがありました。この事件は、第一審で東京地裁が原告全面勝訴判決を言い渡していたこともあり、メディアの注目度も高く、多くのメディアが裁判所前に集まっていました。

午後2時、3名の裁判官が入廷しました。そして開廷前の2分間、ビデオ撮影が行なわれました。そしていよいよ判決の言い渡しです。裁判長が口を開き、「原判決中…」と言ったところで、傍聴席から「ふざけるな!」という声が上がりました。もし原告側の勝訴であれば、主文は「控訴人らの控訴を棄却する」となります。しかし、そうではなかったため、原告側の敗訴だということがわかります。それで傍聴席から抗議の声が起きたというわけです。裁判長はこうした抗議の声を制止することなく判決文を読み上げました。判決文は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする」というものでした。そしてこの3つの文章を読み上げると、判決理由を述べることなく裁判官たちは退廷していきました。

裁判官が退廷すると、判決傍聴のために来日していた原告の李臣さんが大きな声で怒鳴り始めました。中国語だったので何を言っているのか分からなかったのですが、どうやら判決に抗議しているようでした。判決言い渡しの後、裁判所前で弁護士から判決の簡単な解説がなされましたが、その間も李臣さんや、来日していたもう1人の原告である孫文斗さんらは、法廷内で抗議を続けていたとのことです。

以下、判決の内容について簡単に解説します。

本件の第一審における審理において、国側は事実関係を争わず、法的な争点のみを主張していました。しかし一審で敗訴したこともあり、控訴審では事実関係についても主張を始め、「遺棄された毒ガスはソ連軍もしくは国民党軍のものだった可能性がある」「日本軍のものだったとしても、武装解除後にソ連に引き渡しており、ソ連軍が遺棄した」といった主張をしていました。

しかし判決は、日本軍が上官の指令によって毒ガスを遺棄した事実を認め、さらに毒ガス兵器をソ連軍に引き渡した事実は確認されていないとして、国側の主張を明確に斥けました。そして、原告らに被害を与えた毒ガス兵器についても、現場付近にかつて日本軍が駐留していたことや、事故を起こした毒ガス兵器の形状などから、日本軍の毒ガス兵器であると認定しました(他方で、砲弾については、日本軍のものである可能性を認めつつ、ソ連軍のものである可能性も否定できないとして、日本軍が遺棄したものとは認めませんでした)。


旗出し

以上の事実認定を踏まえて、裁判所は、こうした毒ガスの遺棄行為が、危険性を知らない一般人に対して生命、身体に重大かつ重篤な被害を生じさせるものであり、違法の評価を免れないとしました。国側は、(1)遺棄の態様は危険性を生じさせず違法ではない、(2)ハーグ陸戦法規は「使用」を禁じたのであって「遺棄行為」まで禁じていないなどと主張していましたが、裁判所は、(1)の主張について、現に事故が起きており、危険が現実化したとしてこれを斥け、(2)の主張について、「独自の見解」として切り捨てました。

国家賠償法施行以前には、国はその違法行為による賠償責任を負わないとする、いわゆる「国家無答責」について、裁判所は、「公務員の公権力の行使が、人の生命、身体に重大かつ重篤な被害を与える場合に、その違法性を否定する根拠となるものとは到底解し得ない」として、その点の国側の主張も斥けました。

次に、国の不作為(遺棄された毒ガスの情報について収集したり、回収したりしなかったこと)と、被害の発生という結果の因果関係について、裁判所は、日本政府が情報の収集やその提供をしなかったことに対し、「責任ある国家の姿勢として許されるものではない」と厳しく批判しました。しかし、遺棄された地域が中国大陸に広くわたっていること、遺棄地点が明確に特定されていないこと、毒ガス兵器を遺棄したという元兵士らの証言に基づいて発見された毒ガス兵器がないことなどから、仮に情報収集やその情報の提供を中国政府に行なっていたとしても、被害発生を防止できたという「高度の蓋然性」がなかったと判断しました。それゆえ、政府には賠償責任がないと判断しました。

このように、裁判所は被害者の救済を拒否する判決を言い渡しました。しかし、最後に「付言」として、毒ガス被害の大きさ、今なお被害が生じている現実などに言及し、こうした被害に対して、「総合的政策判断の下に、全体的かつ公平な救済措置が策定されることが求められる」と述べ、裁判ではなく立法による解決を促しました。

判決の論理で言えば、毒ガス兵器を巧妙に隠せば、それだけ情報収集や調査・発見が困難になるわけですから、遺棄・隠匿行為が悪質であればあるほど、因果関係が認められにくいことになります。これでは、行為が悪質であるほど違法性がなくなるという矛盾した論理になってしまうのではないでしょうか。果たしてこれが正義にかなう法の解釈でしょうか。

それから、付言で司法的救済の限界に触れ、立法による解決を促したわけですが、立法が動かないからこそ、最後に頼る場所として裁判所にきたわけです。それを立法府に丸投げしてしまうのは、「法の番人」たる司法の責任放棄ではないでしょうか。

また先にも述べたように、裁判所は、公開法廷において、判決理由を骨子さえ述べませんでした。これでは、裁判が公開されていることの意義を没却してしまわないでしょうか。幸い私は判決全文を手に入れることができたのでよかったのですが、そうではない人も傍聴しているわけで、そういう中で主文しか言わないというのは、これもまた司法の責任放棄ではないかと思います。


判決報告集会

判決のあった日の夜、文京シビックセンター・スカイホールにおいて、判決報告集会が行われました。集会では、まず海南友子さんが監督したドキュメンタリー映画『にがい涙の大地から』のダイジェスト版が放映されました。続いて、弁護士による判決報告がなされました。そこでは、敗訴判決は残念だったが、事実認定において国側の主張を斥け、毒ガスを遺棄したのが日本軍であることが明確に認められたこと、また遺棄毒ガス兵器の情報収集をしなかったことを厳しく批判していること、付言として立法解決を求めていることなど、一定の評価もできるということが報告されました。

また、判決を受けて、来日していた原告2名からコメントが述べられました。まず孫文斗さんは、「判決に怒りを覚える。法廷では言葉が出なかった。しかし不当判決に怒りを禁じえない。強く抗議したい。日本政府は歴史を直視せず逃げている。きちんと公正・公平な行動を取ってほしい」と述べました。李臣さんは「不当な判決だ。一審判決で勝訴した時、小泉首相に上訴しないよう訴えたが、小泉首相は逃げるようにして去った。そして上訴され、今日の判決に至った。政府も安倍首相も正しく歴史を認識しておらず、人間性がない。しかし最後まで闘うつもりだ。日本政府が解決を拒否するならば、国際法的にも持ち込むつもりだ。全世界の人に、日本が中国人に与えた被害を知らせたい」と、強い怒りを表しながら述べました。

原告らとともに来日していた中国人弁護士の羅立娟さんは、「原告は中国にいる被害者の一部に過ぎない。また将来、誰が被害者になるか分からない。日本政府には、こうした被害を防いでほしい。今日の判決は理由がなっていない。司法の独立がないようだ。失望したが、しかし引き続き被害者の尊厳を勝ち取るまで闘いたい」と述べました。

羅弁護士も言うように、毒ガスの被害者は原告らにとどまらず、中国で2000人以上いると言われています。こうした人たちを救済するためには、裁判で勝訴するだけではなく、立法による解決も必要です。裁判所も指摘していますが、日本は化学兵器禁止条約に加盟し、中国に遺棄した毒ガス兵器を回収し処理する義務を負っています。こうした処理を迅速に進めると同時に、万が一被害が生じた場合は、きちんと賠償や生活保障・医療保障を行なうべきです。それが、戦争を引き起こした国の責任であり、憲法第9条を活かすということではないでしょうか。

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