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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判(45)―― チチハル遺棄毒ガス事件3

T.O.記

2007年9月3日、東京地裁において、チチハル遺棄毒ガス事件の第2回口頭弁論が開かれました。法廷には70人ほどの傍聴人が集まっていました。

最初に、南典男弁護士が、7月18日に東京高裁で言い渡された遺棄毒ガス事件判決の不当性を主張し、さらに、その不当な判決に基づいてもなお、本件チチハル事件は国の法的責任が認められるべきであると主張しました。

南弁護士の主張は、第一に、チチハルでの事故が、日本政府が中国政府に対し化学兵器の廃棄を約束した日中間の覚書を交わしたあとに起きたものであるということです。この覚書は1999年7月に交わされ、その際、遺棄化学兵器の廃棄だけでなく、廃棄の過程で生じた事故に対し補償することも約束されました。そして日本政府は、化学兵器の撤去作業を行なっています。しかし、中国が被害防止のための資料や情報の提供を求めても、日本政府はそれを拒否し続け、被害防止の努力を何らしていないのです。

第二に、事故の起きたチチハル市は、旧日本軍の飛行場があった場所であり、その意味で、化学兵器などが遺棄されている可能性の高い地域だったという点です。日本政府が旧日本軍兵士から聞き取りなどをきちんと行なっていれば、化学兵器が遺棄された場所を特定できた可能性が高く、そうであれば、本件事故も防ぐことが可能だったわけです。

この2点が、先に東京高裁で判決のあった事件と異なる点です。

最後に南弁護士は、司法の責任として、本件被害を救済することが必要であると訴えて、意見陳述を終えました。

次に、原告の一人である崔金山さんが意見陳述を行ないました。崔さんは、自身の生い立ちから語りはじめました。崔さんは1965年生まれ、5人兄弟の4番目で唯一の男の子ということで、大事に育てられました。崔さんは中学校を中退し、様々な仕事についた後、運送仲介業に十数年従事しました。

今から22年前、妻と結婚し、娘を授かりました。崔さんは、自分の両親や妻、娘と幸せな生活を営んでいました。仕事も順調で、事故にあう前には、8万元の年収を稼ぐほどにまでなっていました。両親にとってはただ一人の息子として、また一家の大黒柱として家族を支えているという誇りが崔さんには強くありました。

そうした誇りの高さは、事故によってそれを失ったことによって、嫌というほど思い知ることになりました。

2003年8月4日、崔さんは駐車場の整地作業を、朝から夕方5時まで、同僚たちとともに行いました。夜になると、顔がこわばり痒みを感じるとともに、著しい疲労を感じました。翌朝にはさらに体調が悪化し、目の痛み・充血、咳や痰、そして陰嚢に激しいかゆみを感じました。家で休養を取りましたが症状が治まらないため、病院へ行ったところ、マスタード中毒と診断されました。

特に症状の重かったのは陰嚢でした。陰嚢が化膿し、腐ったため、ガーゼを取り替える際に、皮膚がガーゼに付着して、激しい痛みを伴いました。目の痛みや咳も続きました。入院中、同じく毒ガス被害にあって入院していた李貴珍さんが死亡しました。それを聞いて、崔さんは、自分も病院を生きて出られないのではないかと不安と恐怖でいっぱいになったといいます。同じく入院していた他の患者の傷跡や、治療の際のうめき声も恐怖をかきたてるものでした。

事故後、崔さんは仕事を失いました。仕事に必要な健康も失いました。仕事をしようとしても、30分も作業をしていると、体が苦しくなってしまい、続けられないのです。風邪をよくひくようになり、またそれが治りにくい状態です。

崔さんは人間関係も失いました。収入がない上、医療費が必要であり、加えて性的能力も落ちたため、妻との関係が悪化しました。「毒ガスがうつる」といって、友人たちも崔さんを避けるようになってしまいました。

さらに崔さんは、生きていくうえでの誇りも失いました。事故当時、高校1年生だった娘さんは、学校でいじめに遭いました。しかし、崔さんを心配させまいと、この話を家ではしなかったそうです。そして勉強をし、チチハル市医学院への入学が決まりました。娘さんは、「毒ガスの被害については、中国社会で注目されているし、医学も発展しているから、5年間勉強して医者になって、お父さんを徹底的に治して上げたい」と言ってくれているそうです。しかし、父親として娘に出来ることは何もなく、むしろ医療費が必要なことから、足手まといになっていると感じています。

崔さんは最後に、健康な身体を返してほしい、それが無理なら賠償をしてほしい、中国の遺棄化学兵器を回収・処理してほしいと訴えて、意見陳述を終えました。崔さんは、陳述を終えた後、傍聴席に向かって一礼しました。傍聴席からは、崔さんに向けて温かい拍手が送られました。

最後に、井堀哲弁護士が、原告側準備書面(1)の要旨を陳述しました。

その主張は、第一に、毒ガスの違法性を熟知した日本軍が、秘密裏にそれらを生産・配備し使用したこと、第二に、それゆえに終戦に際して、毒ガス兵器や関連資料などを遺棄・隠匿したこと、第三に、事故のあったチチハルは中国における日本軍の毒ガス研究・演習の中心拠点であったことから、毒ガス兵器の組織的な遺棄・隠匿の必要性が高かったこと、です。

なお、被告国は、日本には毒ガスを遺棄する時間的余裕がなかった、事故を起こした毒ガスは旧ソ連のものだったなどと「反論」していますが、いずれも先行する同種事案の訴訟ですべて退けられたものです。この点について、井堀弁護士は、国の態度が極めて不誠実であると強く批判しました。

チチハルの毒ガス事故について、日本政府は、毒ガスが旧日本軍のものであることを認め、「遺棄化学兵器処理事業に係る費用」として3億円を中国政府に支払い、中国政府は、3億円のうち約9割を被害者らに交付しています。にもかかわらず、訴訟の場において、「日本には組織的に遺棄・隠匿する時間的余裕がなかった」、「旧ソ連軍のものである可能性がある」などと主張するのは、井堀弁護士も言うように「不誠実」であり、主権国家としてあるまじき態度ではないかと思われます。

被害者の多くは、働き盛りの若者だったり、学校に通う子どもたちです。彼らは将来に対して多くの不安を抱えています。その不安をもたらしたのは、旧日本軍の毒ガスであり、日本政府の怠慢です。彼らの不安が少しでも減らせるよう、日本政府には誠実な対応を求めたいと思います。

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