法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判――(8)福岡強制連行訴訟一審判決

執筆日:2004年5月25日
I.M.記

福岡強制連行訴訟とは?

 福岡強制連行訴訟とは、1943年〜1944年頃に、日本に強制的に連行され、被告会社(三井鉱山株式会社)が経営する三池鉱業所と田川鉱業所(いずれも福岡県)などにおいて過酷な労働を強制された中国人が原告となって、国と企業(三井鉱山株式会社)を訴えている裁判です。
 原告の1人、張宝恒さんは、鉱業所での状況や帰国後の様子について、次のように証言しています。

 「作業場は粉塵立ちこめる真っ暗な地底で、2年間、正月も祭日も1日の休みもなく、1日8時間(のちに10時間、12時間と長くなった)石炭を掘る労働に従事しました。食事は、1日3食でしたが、毎食約50グラムのトウモロコシ饅頭が2つしか支給されず、就寝場所は、敷布団もない板張りに掛布団1枚で、1つの建物に100人以上が詰め込まれ、宿舎の周りは木製の塀で囲まれ、出入口には銃を持った日本の警察が監視していました。……帰国後も、周囲の人から私が敵国である日本に出稼ぎに行ったと非難されたり、文化大革命の時は反省文も書かされたりしてつらい思いをしてきました」

強制連行の実態 − 国の政策決定の流れ

 日中戦争および太平洋戦争当時、日本企業は、戦争の拡大・激化に伴い、労働力不足が顕著となってきたため、中国人労働者の移入を求めるようになっていきました。
 1942年8月頃、興亜院(1938年12月に内閣の外局として設置された中国占領統治の中央機関で、現地に連絡部が存在しました)は、それまでの民間企業との協議などもふまえ、「華北労務者ノ対日供出ニ関スル件」と題する極秘文書を作成しました。この文書には、日本国内における労働力不足の現況に鑑み、華北労働者によってこの充足を図り、もって戦時経済の円滑な運営を実現することなどが記されていました。
 また、国は、1942年11月27日、「華人労務者移入ニ関スル件」と題する閣議決定を行いました。この閣議決定には、@華人労働者を日本国内に移入したうえで、さしあたり重要な鉱山や工場に従事させること、A移入する華人労働者は華北の労働者を基本とすること、B移入する労働者は、概ね40歳以下の男子で心身健全な者を選抜し、家族を同伴させないこと、などが記されていました。またあわせて、国は閣議決定と同日に、移入に関する実施要綱を定めました。これは、本格的な移入に先立って、試験的な移入の実施を定めたものでした。
 上記の閣議決定と実施要綱に基づいて、国は、1943年4月から11月までの間に、石炭鉱業と港湾荷役のために1411人の中国人労務者を日本国内に移入しました。
 その後、試験的な移入について「概ね良好」だったと評価した国は、中国人労務者の移入を本格化させました。1944年8月16日、「昭和十九年度国民動員実施計画策定ニ関スル件」が閣議決定されますが、これには中国人労務者3万人の移入が計画されていました。
 最終的には、中国人労務者移入政策により日本国内に移入された中国人労働者の数は、3万8935人となっています。地域も、華北のみならず、華中や当時の満州からも移入されていました。年齢は、20代の人が最も多く4割程度を占めていましたが、最低の人では11歳、最高の人では78歳という状況でした。
 こうして移入された中国人労務者ですが、供出方法には、@行政供出、A自由募集、B訓練生供出、C特別供出など様々なものがありました。そして、なかでも@の行政供出の実態は、現地の行政機関と日本軍が密接に連携して行う強制徴収でした。

裁判の争点

 強制連行・強制労働福岡訴訟は、2000年5月16日に福岡地裁に提訴されました。強制連行・強制労働の裁判としては、福岡訴訟以前にも、劉連仁訴訟や長野訴訟など先行する訴訟があります。原告15人は、被告である国と三井鉱山を相手取って、強制連行と強制労働による慰謝料の支払いと謝罪広告の掲載を請求しました。請求の根拠は、@強制連行・強制労働に対する共同不法行為、A強制連行・強制労働における使用従属関係に基づく保護義務違反、B給付を行わず、慰謝の措置を取らなかったことによる保護義務違反、C権利行使妨害の不法行為、D刑事制裁義務の懈怠に基づく不法行為です。これに対して、被告らは、共同不法行為の成立と保護義務違反のいずれも争い、とくに@について、被告らは民法724条後段の適用による損害賠償請求権の消滅を主張し、あわせて被告国は、いわゆる国家無答責の法理による損害賠償責任の不存在を主張し、被告会社は、民法724条前段に基づく時効の援用による損害賠償責任の消滅を主張しました。

判決の内容

 判決の言い渡しは、2002年4月26日に行われました。判決は、まず原告らが連行された事実などを個別に認定し、あわせて上記で述べたような背景事情を認定しました。次いで、法的責任については、被告国に対する責任こそ認めませんでしたが、企業に対する責任は認め、原告らに対して1人1100万円を支払うよう命じました。以下では、請求根拠のうちでももっとも焦点となった@について、裁判所の判断を紹介したいと思います。なお、A〜Dの請求については棄却されました。
 @について、裁判所は、総論的な判断として、「日本政府は、石炭連合会を含む日本の産業界からの強い要請を受け、重筋労働部門の労働力不足に対応するため、これらの産業界と協議して、昭和17年閣議決定により、国策として中国人労働者の日本国内への移入を決定し、これを実行したこと、中国人労働者を日本国内に移入するに当たっては、……実態は、前記のとおり、欺罔又は脅迫により、原告らを含む中国人労働者の意思に反して強制的に連行したものであったことが認められる」、「日本国内での就労状況についても、雇用契約の存在を前提とする状況があったことをうかがわせる事情があるものの、その実態は、原告ら中国人労働者の意思にかかわらず、当該事業主との間に一方的に労使関係を生じさせるものであったこと、被告会社における原告らの本件強制労働の実態は、戦時下において日本全体が食糧不足に陥り、一般の日本人の労働条件も悪化していた事情にあったことを考慮しても、住居及び食糧事情、被告会社の従業員による暴力等の点に照らして、劣悪かつ過酷なものであったといわざるを得ない」としました。
 続けて、被告企業の責任について、「本件強制連行及び強制労働は、被告らが共同して計画しかつ実行したものであり、被告会社は、原告らに対して民法709条及び715条の不法行為責任を負うというべきである」と認定しました。そして、被告会社が除斥・時効(キーワード解説)の主張をしていたことに対して、「被告会社の行為は、戦時下における労働力不足を補うために、被告国と共同して、詐言、脅迫及び暴力を用いて本件強制連行を行い、過酷な待遇の下で本件強制労働を実施したものであって、その態様は非常に悪質である」とし、「さらに、被告会社は、原告らにその労働の対価を支払うこともなく、十分な食事も与えなかったにもかかわらず、これを行ったことを前提に、本件強制労働の実施による損失補償として、被告国から774万5206円を受け取っており、これは現在の貨幣価値に換算すると数十億円にも相当する(弁論の全趣旨)。このように、被告会社は、本件強制連行及び強制労働により、戦時中に多くの利益を得たと考えられる上、戦後においても利益を得ている」としたうえで、「以上のことを前提に、前期本件強制連行および強制労働の事情を考慮すると、民法724条後段を適用してその責任を免れさせることは、正義、衡平の理念に著しく反するといわざるを得ず、その適用を制限するのが相当である」と判決しました。
 他方、国に対しては、「被告国による原告らに対する本件強制連行及び強制労働の事実が認められるとはいえ、そのことから直ちに、当時の法体系の下において、被告国に、民法709条、715条及び719条に基づく不法行為責任が発生すると解することはできない」としたうえで、国家賠償法施行以前の国の行為のうち、「権力的作用については、これにより個人の損害が発生したとしても、民法の適用はなく、国の賠償責任を認めた法律もなかったことから、その賠償について、国の賠償責任を認めることができないとされていた」とし、「被告国は、……原告らを強制連行し、強制労働させたものであって、原告らの連行、管理及び取締り等において、深くかかわっていたものであるが、これは、権力をもって特定人に対して、一方的に公法上の勤務義務を命じる行政処分と解される国民徴用令による強制連行と、運用の実態において同様に解されるべきものであるから、原告らに対する本件強制連行及び強制労働は、被告国の権力作用によるものというべきである」との認定にたって、「被告国の本件強制連行及び強制労働が、日本国の軍隊による戦争行為という権力的作用に付随するものとして、国の権力的作用に該当すると考えられることに照らせば、本件においては、被告国が、当時の民法の規定に基づいて、不法行為に基づく損害賠償責任を負担することないと解される」として、国家無答責の法理(キーワード解説)を適用しました。
 @においては、まず中国人労働者に対する強制連行と強制労働が「国策」として実行されたことを認定し、被告らの共同不法行為を認めた点が重要です。とくに、被告会社に対して、民法724条後段の適用を制限したことは、画期的判決でした。しかし、被告国の責任については、国家無答責の法理によってその損害賠償責任の存在を否定してしまいました。

 この訴訟の控訴審判決も、2004年5月24日に福岡高等裁判所で言い渡されました。詳細は、戦後補償裁判9をご覧ください。


<<(7)へ

 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]