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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

戦後補償裁判――(9)強制連行福岡訴訟高裁判決

執筆日:2004年5月25日
I.M.記

 2004年5月24日。福岡高等裁判所。

 9時45分。10時からの原告らの裁判所入廷を控えて、裁判所正門前に原告や弁護士、支援者ら集まっていました。本法廷の裁判長が蓑田裁判官であり、彼が南九州税理士会訴訟一審判決を担当した裁判官であることや、事実の立証についてあまり取り組みたがらない傾向にある高裁においても、それなりに熱心な訴訟指揮を行っていたことから、事前の弁護団の判決予想は、国と企業の共同不法行為を認めたうえで、国家無答責を排斥し、除斥期間の適用制限もあわせて認めるだろうというかなりの期待を込めたものでした。そして、弁護団は、そうした判決がでることにかなりの自信を見せていました。入廷前、裁判所の正門前では、天気がよいことにほっとしたといった、晴天の日和に判決への期待を重ねるような発言が聞かれていました。

原告および原告代理人らの入廷

 9時50分すぎ。多くの報道陣が待ち構えるなか、2人の来日した原告を先頭に入廷。支援者は10時からの傍聴券の抽選のために並んでいます。その数およそ150人。100人近く入れる法廷ですから、わりと高い確率ですが、それでも不安はよぎります。幸い、私は運良く抽選で傍聴席をひきあてました。

 10時30分。開廷。冒頭、中国の中央電視台のカメラも含めたマスコミ陣が、2分間の頭撮りを行いました。引き続き、判決言い渡し。裁判長と右陪席が男性、左陪席が女性という裁判体です。

 裁判長は、まず、判決主文からではなく、判決理由から述べると宣言します。判決要旨に即して、事実の概要と争点の整理がなされます。そして、いよいよ裁判所の判断へ。

 最初に、強制連行と強制労働の責任の有無について、裁判所は、強制連行は企業も深くかかわった国の国策に基づいたものであり、実態に鑑みれば共同不法行為責任を負うとし、強制労働についても、国は軍需会社法などの法令によって会社の経営や人事を支配しており、強制労働を幇助したものと評価することができることから、強制労働についても共同不法行為責任を負うとしました。結局、戦前の不法行為責任の成否については、裁判所は、強制連行・強制労働は、手段・目的として不即不離の関係にあったから、連帯して原告らの被った損害に対して賠償する責任があるとしたのでした。ここで、傍聴席から、小さな拍手がおきます。

 次は、国家無答責の法理(キーワード解説参照)についてですが、判決は、戦前の判例を前提にしても、特段の事情がある場合には国は不法行為責任を負わなければならないと解釈する余地は残されていたとして、本件では国家無答責は適用されないとして、これを排斥しました。強制連行新潟訴訟判決(戦後補償裁判7を参照されてください)では、この点については西埜章説の立場がとられましたが、今回は芝池義一説に立脚していました。ここで、また傍聴席から拍手がおこり、「よしっ」という声もでました。裁判長は、その声を制して、言い渡しを続けます。

 3つめは、除斥期間(キーワード解説参照)についてです。まず、裁判所は、単に期間が経過したという一事情のみをもって権利が消滅したとすることは、国民の正義・公平の感情に著しく反する場合もありうるとして、1998年の最高裁判決に言及して、この判決を法的安定性よりも正義・公平の理念を重視すべき事案がありうることを示したものと肯定的に引用しました。弁護団の顔がだんだんと高潮しています。ここまでは完璧といえる勝ち筋の言い渡しだったからです。一方、それと反比例して、被告側の国と企業の代理人は重苦しい表情でした。とくに企業は、一審判決でも敗訴しており、今回も敗訴を覚悟していましたが、それにしても張りついた感じの表情が印象的でした。いよいよ、正義・公平の理念に著しく反するとして、除斥の適用制限を本件に当てはめる段になりました。

この訴訟では原告は15人だが、今回は2人が来日した。左から、劉千さん(83歳)、張宝恒さん(81歳)

 裁判所は、ところが、そのまえに除斥の制限についての解釈指針として4つの考慮要素を挙げました。それは、加害行為の態様が悪質で、生じた被害も甚大であること(要素A)、被害者の権利行使が客観的に不可能であること(要素B)、加害者が被害者の権利行使を妨害したなど権利消滅の利益を享受させることに不相当な事情があること(要素C)、被害者が権利行使が可能となって速やかに権利行使したこと(要素D)というものでした。裁判所は、AとCについては、国が外務省報告書を戦後も隠蔽していたことなどから簡単に認めました。そして、Bについて、1986年の中国の出国入国管理法が制定されるまでは、私事で国外に出ることが認められていなかったことから客観的に権利行使が不可能だったと認められる余地があるとしつつ、同法制定以降は、私事による出国が認められるようになったから、権利行使が不可能だったとは認められないと判示しました。さらに、Dについて、2000年に提訴したことは、1986年から14年が経過しており、不法行為が終了した1945年からも55年余り経過したものであって、速やかに権利行使したとは認められないとしました。結論として、国に対しても企業に対しても、損害賠償請求権は提訴前に消滅していたとしました。

 最後に、安全配慮義務についてですが、裁判所は、企業との関係では戦前の関係における保護義務違反を認めましたが、10年の消滅時効により請求権は消滅したとし、戦後の関係においては、債務不履行を負わせるような契約関係は認めがたいとして責任を認めませんでした。また、国との関係については、原告と国の戦前の実態からは保護義務を認めがたいとし、戦後においてもそれを認める余地はないとしました。

 結論として、主文は、一審原告らの国および企業に対する各請求はいずれも理由がなく、棄却を免れないというものでした。

 裁判官は、主文を言い渡すと逃げるように法廷を後にしました。傍聴席からは、「なんだ!」という声がおこりました。呆然とする弁護士、ブスッとする弁護士。しばらく法廷は凍りついていました。

不当判決の旗出し。横には来日した2人の原告が並んでいる

 11時すぎ。裁判所入口前に、「不当判決」の旗がだされます。横には沈んだ表情の2人の原告が並んでいます。

 11時30分。裁判所横の弁護士会館で、記者会見を兼ねた報告集会が始まりました。弁護団長の立木豊地弁護士が、「気をもたせるだけもたせて最後に覆した判決だ。怒りで腹が立っている」と述べたのを皮切りに、「法を弄んでいる」、「1986年以降に提訴できたとする認定は、実態を見ていない」との判決批判がだされました。原告は、涙をふきながら、 「今回の判決は不当だ。裁判所でも負け、私たちはどこに訴えたらよいのだ」と小さな、しかしはっきりとした声で訴えました。集会には100人近い市民や支援者が集まりましたが、会場はやるせない怒りとなんともいえない疲労感のようなものに包まれていました。

 2人の原告は、81歳と83歳の老人です。2人は、今後1週間、東京に滞在し、議員や外務省などに要請を行います。また、原告側は、最高裁に上告することを決めました。

 今回の判決では、事実認定は丁寧になされ、原告らが強制連行・強制労働の被害者であることは認められています。また、強制連行・強制労働について、国と企業が共同不法行為責任を負うことも認定されています。さらには、国家無答責も排斥され、これで排斥は5例目となり、いよいよ排斥の傾向が主流となったと評価できると思います。最終的に、時効・除斥という「時間の壁」に負けたことになりますが、従来の形式的にばっさり切るという判断枠組みを用いていないことは一定評価できます。しかし、たとえば、じん肺訴訟などで蓄積してきた除斥論の到達に比べれば、粗いものとの印象を受けます。判決は、1986年の中国公民出国入国管理法の制定をメルクマールにしていますが、同法が制定された後も、実態としては、日本に出国するためには、日本側のインビテーションや身元引受人が必要であり、保証金も用意しないといけないという現実がありました。実際に提訴ができるようになったのは、1995年3月に、当時の銭其深外相が全人代において、「政府は個人の提訴を妨げない」と発言してからだと解するのが、この間の経緯を知っている人たちにとっては「常識」でした。判決は、この点を重視することなく、事実上権利行使が困難だったということは認めながらも、それは「中国国内の事情によるもの」だとしました。原告らは、決して「権利のうえに眠る者」ではありませんでしたが、中国内部の事情という一語でもって切り捨てられてしまいました。

 もっとも、今回の判決が、正面から強制連行・強制労働について国と企業の不法行為責任を認めたことは重要です。請求権が消滅したことで請求は認められませんでしたが、「責任」が存していることには変わりありません。今回の判決は、ある意味で、「逃げ勝ちお勧め判決」といえなくもありませんが、こうした政府の不作為の結果を原告の側に負わせるのは妥当だとは思えません。また、国際法のレベルでいえば、時効という観念は成立しないということも重要です。

判決言い渡しの後に開かれた報告集会

 原告側は、法廷外の取り組みとして、今後ますます政治的解決を求める取り組みを強めていく方針です。また、訴訟としては、引き続き、国家無答責を排斥しつつ、除斥の適用制限もあわせて認めさせるという2つを重ねた判決を求めていくことになります。

 私自身も、今回の判決内容を期待して傍聴にでかけましたが、敗訴判決でかえって熱いものが沸いてくるような感じでした。イェーリングだったと記憶していますが、ローマ法大全を知っていても法律家にはなれないという趣旨のことが書いてあったと思います。やはり、損害の痛みや被害者の想いといったものに向き合う姿勢が、法律家としては大事だと改めて感じました。あわせて、裁判官に被害者を勝たせたいと思わせることの難しさや、被害実態について重みと厚みをもって裁判官に訴えることの重要性を実感しました。本来であれば、本件は加害者である日本政府が速やかに補償すべき性質の事案だと思います。その不作為も50年以上も続けば賠償責任から解放され、その結果を被害者に受忍させるというのは、あまりにも不条理です。同じ戦後補償裁判である遺棄毒ガス・砲弾一次訴訟判決では、国家が創設した制度によって、国家自らが免責されるという結果は許容しがたいと判示しましたが、本件もそれと同様の事案だったと解されます。私自身としては、今日の判決にもかかわらず、決して司法の限界などとは思いたくないと考えています。


参考URL(判決全文):
H16. 5.24 福岡高等裁判所 平成14年(ネ)第511号 損害賠償等請求控訴事件


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