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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

社会保険庁職員国家公務員法違反事件(2)――判決公判

T・O

2006年6月29日、社会保険庁の職員である堀越明男さんが、休日に政党ビラを配布したために、国家公務員法違反に問われていた事件の判決公判がありました。

裁判所前には、大勢の支援者が集まっており、また、憲法学界ではきわめて評判の悪い猿払事件最高裁判決以来、実に32年ぶりに政治的中立性を定めた国家公務員法違反事件の判決が言い渡されるということから、メディアの注目度も高く、裁判所の前にはたくさんの報道陣も詰め掛けていました。

午後1時半、いよいよ判決の言い渡しです。裁判長が口を開きました。「被告人を罰金10万円に処する・・・この裁判確定の日から2年間、その刑の執行を猶予する」。予想外の有罪判決に、法廷からはため息がもれました。法廷に入れなかった支援者たちに判決を伝えるため、2名の弁護士が退廷し、外へ駆け出していきました。

2時間半にわたって判決の言い渡しが続きましたが、判決の内容に自信がないのか、裁判長の声が非常に聞き取りにくく、途中で弁護士から、「傍聴席に聞こえないようですので、もっと大きな声でお願いします」と意見されるほどでした。

以下、言い渡された判決の概要を見ていきます。


弁護人側の主張は、(1)日常的な監視・盗撮などの違法捜査に基づく起訴であり、公訴自体が違法である、共産党のビラ配布のみを狙い撃ちした差別的な起訴であり、公訴権の濫用である、(2)被告人の行動を撮影したビデオや泳がせ捜査、尾行などで得た証拠は違法収集証拠であり、証拠能力がないから、被告人の犯罪事実を立証する証拠はない、(3)政治活動を禁止する国家公務員法・人事院規則は憲法21条・31条に違反する、(4)本件のような違法性のない行為に国公法を適用することは憲法に違反する、といったものです。

これに対して、裁判所は、いずれの主張も斥けました。

(1)公訴棄却の主張について

日常的な監視・盗撮などの違法捜査に基づく起訴であるという主張について、裁判所は、警察官がたまたま被告人のビラ配布行為を目撃し、それが捜査の端緒となったとして、日常的な監視行為を否定しました。消費者金融機関や飲食店等への立ち寄り、第三者との接触などまで対象とした、過剰とも思える尾行についても、たまたまこのような場面に接しただけのことであり、警察比例の原則に反しないとしました。

ビラ配布行為以外に、政党事務所への出入りや公道上を歩く状況まで撮影したビデオ撮影行為の是非については、犯行そのもののみならず、これと同様の行為や、犯行と時間的・場所的に接着している場面の撮影は許容されるとしました。そのため、ほとんどのビデオ撮影は違法とはいえないとしました。なお、日本共産党地区委員会の事務所への立ち入り状況の撮影は、犯行と時間的・場所的に関係がなく、違法であると認定しましたが、一部に違法があったからといって、捜査全体が違法になるとはいえないとしました。

以上から、違法捜査に基づく起訴とはいえないとしました。また、共産党を狙い撃ちした差別的起訴という主張については、その証拠がないとして、認めませんでした。

(2)違法収集証拠について

この点については、先に見たとおり、ビデオ撮影の一部に違法性を認めましたが、全体として違法とはならないとし、また尾行、泳がせ捜査なども適法な捜査手法であるとしました。

(3)国公法・人事院規則の違憲性について

裁判所は、猿払事件最高裁判決に賛同すると述べ、判例変更の必要はないとしました。

まず、政治的行為の禁止の合憲性について、公務員が「全体の奉仕者」(憲法15条2項)であることを指摘し、個々の公務員が一党一派に偏してはならないと述べ、公務員の中立性は国民全体の重要な利益であるとしました。それゆえ、一定の範囲内で公務員の政治的行為を制約しても憲法に反しないとしました。そして、合憲性の審査に当たっては、いわゆる「合理性の基準」で判断するとしました。つまり、公務員の政治的行為の禁止については合憲性を推定し、よほど不合理な規定でない限り、違憲とはしないという立場に立ったわけです。

この基準に基づいて、規制の目的は、政治的中立性の保持、それに対する国民の信頼性、行政に対する政治の介入の阻止などであるとして、合理的なものだとしました。また、規制手段についても、政治的中立性を損なうおそれがあると認められる政治的行為に限って禁止されているとして、合理的な規制手段だとし、公務員の地位や勤務時間内外を一切考慮していないとしても、合理的だとしました。さらに、規制で得られる利益は公務員の政治的中立性の維持と、それに対する国民の信頼であるのに対し、失われる利益は、国民の一部に過ぎない公務員の自由な政治活動であるとして、得られる利益の方が大きいとしました。

また、政党のビラ配布を禁止する人事院規則についても、禁止される行為は政治的偏向の強い行為であって、公務員の政治的中立性を損なうおそれが強いとして、合理的な規制であり違憲ではないとしました。

(4)適用違憲の主張について

適用違憲とは、法律自体は合憲だとしても、その法律を、当該事件に適用することが憲法違反である、というものです。弁護側は、休日に行なわれ、第三者からは国家公務員であることがわからない状態でなされたビラ配布を処罰するという国公法の適用の仕方が違憲だと主張したわけです。

これに対して裁判所は、ビラ配布行為が、休日に行なわれ、職務に無関係であったこと、第三者から見ても公務員であることはわからなかったことを認めつつも、政治的偏向が強く、政治的中立性を損なうおそれが高いとして、法益侵害の危険を過小評価すべきではないと述べ、適用違憲の主張も斥けました。

そして、量刑について、勤務時間外の休日に、職場とはなれた自宅近辺の場所において、職務や職場組織と何ら関係なく行なわれた行為であって、この行為によって職場に何らかの悪影響が及んだこともなく、直ちに行政の中立性とこれに対する国民の信頼を侵害する具体的危険を発生させるものではなかったこと、猿払事件以来約30年ぶりの事件であることなどを指摘して、罰金10万円・執行猶予2年としました。

罰金刑では異例の執行猶予もついたことで、きわめて無罪に近い内容とはいえ、やはり有罪判決だったということで、法廷には失望の色が広がりました。

判決に対しては、たとえば2006年6月20日付東京新聞の社説が「ビラ配布有罪 自由が委縮せぬように」と題して、「ささいな“違反”に『有罪』が積み重なると、世の中が息苦しくなる。問題のビラには『憲法を守ろう』という趣旨が書かれてあった。表現の自由が安易に損なわれてはいけない。民主主義で最も大切なものとは何かを問い直すきっかけにしたい」と述べていますし、7月1日付北海道新聞も「『表現の自由』尊重こそ」と題して、「職場とは別のところで、勤務時間外に行う政治的意見の表明までも規制するのは、表現の自由からみて行き過ぎではないか」と指摘しています。

表現の自由は、民主政のかなめとなる自由として、憲法が保障する自由権の中でも優越的地位を占めるとされ、その規制は厳格に審査されるべきだと考えられています。その意味で、合理性の基準を採用した本判決は、以上のような社説によって批判されているように、表現の自由を軽視した判決だといえます。

さらに、仮に合理的な基準で判断したとしても、かなり強引な論理構成が取られているように思われます。たとえば、ビラ配布は「政治的偏向の強い行為」とされていますが、果たしてそうでしょうか。ビラの配布は、経済的弱者にとって有用な「表現の自由」の行使方法として認められる行為です。誰もが手軽に行なえるこうした表現行為を、「政治的偏向が強い」と見なす裁判所の姿勢こそ、「政治的偏向が強い」といえるのではないでしょうか。

また、勤務時間外に、職場から離れた場所で、第三者からは公務員とわからない状態でビラを配布した場合、公務員の政治的中立性に対する国民の信頼は、損なわれません。これは量刑理由の箇所で裁判所みずからが認めるとおりです。であるとすれば、このような行為まで処罰することに合理性があるといえるでしょうか。

禁止により得られる利益についても、禁止目的をそのまま援用し、利益考量のバランスを行政側に傾けさせる構成となっています。他方で失われる利益は「国民の一部に過ぎない公務員」の権利であるとして、失われる利益を軽視しています。しかし、この論理で言えば、人権が制約されるのが国民の一部、すなわち少数者に過ぎない場合は、失われる利益が少ないということです。これは、少数者の人権を著しく軽視するものであって、多数者によっても侵害できない権利を保障するのが憲法であるという認識を欠くものです。

以上のように、本判決は、表現の自由を軽視し、憲法の役割についての認識を欠いた不当なものであると思われます。本件は、東京高裁に控訴されています。当研究所では、引き続き、本件に注目していきたいと思っています。

 

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