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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

「平頂山事件とは何だったのか」― 出版にあたり

東京東部法律事務所
弁護士 大江京子

*東京東部法律事務所の「2009年総会報告集」(2009年2月3日)に掲載されたものを、同事務所のご了解を得て紹介させていただきます。

 関連情報

(法学館憲法研究所事務局)

タイトル    平頂山事件とは何だったのか―裁判が紡いだ日本と中国の市民のきずな(平頂山事件訴訟弁護団編著)
出版社     高文研 東京都千代田区猿楽町2−1−8
電話03−3295−3415
定価(税込)  1470円
*お申し込みは高文研までお電話で。

1 出版の動機  −平頂山事件を通じて日中の未来を考える 

「平頂山事件」は、1932年9月16日に、中国東北地方の撫順近郊にある「平頂山」集落で、日本軍が中国の一般市民約3000名を虐殺した事件です。1996年8月14日に、虐殺事件から奇跡的に生還した莫徳勝、楊宝山、方素栄の3名が原告となり日本に対し損害賠償請求訴訟を提起しました。訴訟は2006年5月16日の最高裁の決定により敗訴で終わりました。
しかし、裁判が終わっても闘いは続いています。平頂山事件の原告3名(及び原告以外で生存が確認されている事件の幸存者3名)の日本政府に対する要求(後述)を中心に、今も、中国の幸存者、弁護団、日本の市民が平頂山事件の解決を目指して旺盛な活動を続けています。本書は、事件の歴史的背景(第1章)、原告たちの証言等の裁判記録をもとにした平頂山事件の紹介(第2章)、10年間に及ぶ裁判を通じた日中市民の心の交流の記録(第3、4章)から構成されています。

日中関係は、小泉靖国参拝、日本の国連常任理事国入り問題、毒入り餃子問題をはじめとする輸入食品の安全問題、チベット問題等々、この数年を見ても枚挙の暇がないほど、何かのきっかけで両国民相互に反日・反中感情が吹き出す未だに不安定な状態にあるといえます。この不安定な関係を克服し、安定的且つ平和的な日中関係を築き上げるためには、いわゆる歴史認識問題・戦後補償問題の解決が必要不可欠です。
そして、その解決の要は、国と国ではなく、国を超えた人と人との信頼関係にあります。平頂山事件訴訟の日中共同の支援活動のプロセスは、まさに国境を越えた人と人との信頼関係構築のプロセスを示す一つの実践例でした。平頂山事件をめぐるこれまでの日中共同の裁判支援活動の中に、普遍的な日本と中国との間における人と人との信頼関係構築の鍵が隠されていると考えて、弁護団は本書の出版にあたりました。

幸存者の日本政府に対する要求
1 日本政府は、平頂山事件の事実と責任を認め、幸存者及びその遺族に対して公式に謝罪を行うこと
2 謝罪の証しとして、
ア 日本政府の費用で、謝罪の碑を建てること
イ 日本政府の費用で、平頂山事件被害者の供養のための陵苑を設置・整備すること
3 平頂山事件の悲劇を再び繰り返さないために、事実を究明し、その教訓を後世に伝えること

 幸存者の要求を実現すること=平頂山事件の解決を図ることが、日本とアジアの現在と未来に向けた平和的安定的な関係を構築する上で必要不可欠であるとの認識に立って、本講では、以下、平頂山事件と憲法9条・平頂山事件と日本の安全保障の関係について考えていきたいと思います。

2 平頂山事件と憲法9条

(1) 憲法9条はアジアの諸国民に向けた約束

昨年9月13日、平頂山事件の生き残り(幸存者)の1人である王質梅さん(87歳)を日本に招き、東大弥生講堂で『撫順 加害と再生の地から現代と未来を考える』市民シンポジウムを開きました。パネラーのお1人であった伊藤真さん(伊藤塾塾長:法学館憲法研究所所長:弁護士)は、以下のように発言されました。

「憲法9条があるということで、戦後、直接日本が戦争に関与することはありませんでした。日本人が戦争で人を殺すことはありませんでした。9条によってアジアの平和に貢献したはずです。しかし功罪として9条とともに安保がありました。戦争をしません、ということによって過去の加害の事実と向き合うことができなくなったのではないか、9条があるので、私たちは過去と向き合わなくても許してもらえると思ってしまったのかもしれません。ドイツは軍隊を持つようになりました。一方でドイツは過去と向き合うことができました、そうしなければやっていかれなかったからです。しかし日本は9条を隠れ蓑に加害の歴史について目をつぶってもらえると思っていたところがある。しかし、9条を変えるというのであれば、『待てよ、加害の歴史があるぞ』といわれるのです。
9条は、アジアに対する約束です。憲法を変えるのは国民の意思で行うことができますが、9条をもつことでアジアの皆さんに私たちの国はこうあると宣言し、それを認めてもらってきたのであり、決してこれは国内の問題ではありません。9条の問題となるとアジアの皆さんが声を上げてくれます。そして9条は国内の問題ではないぞと気づかせてくれます。」

伊藤さんは、一昨年、平頂山と撫順を訪れ、そこに横たわるたくさんの事件の犠牲者たちの遺骨を見て、被害と同時に加害の事実も知らなければ9条の意味はわからないと強く思ったといいます。『憲法9条の功罪』『憲法9条はアジアに向けた約束』という伊藤さんの指摘はきわめて重要な視点です。
わが国は、1945年8月14日、ポツダム宣言を受諾しました。同宣言は、日本に対し、軍国主義の駆逐および他国に対する侵略主義とそれを推進する勢力を永久に除去し(6項)、基本的人権の尊重を根本理念とする民主主義国家、平和国家たる新生日本国樹立を日本国民に託しています(10項、12項)。日本国憲法は、このポツダム宣言の基本理念をさらに徹底する形式・内容において、制定・公布されました。
 
憲法の前文で、
「日本国民は、・・・われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」、
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」て、
憲法9条において、
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久に放棄する。」(1項)「戦力は、これを保持しない」(2項)ことを定めました。
 そして、憲法前文は、
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」と宣言しました。

 これは、平和を愛する諸国民に対し、とりわけ先の大戦で甚大な被害を与えたアジア諸国民に対する、日本国民の誓いであり約束でもあるのです。

(2)二度と平頂山事件の悲劇を繰り返さないために ―いかなる名目であろうと戦争には反対する憲法9条の本質

平頂山事件は、1932年に起きた日本軍による中国人一般市民の大量虐殺事件です。虐殺の理由は、住民が抗日義勇軍に通じているとの決めつけとそれに対する報復です。
かつて日本は、他国の領土を侵略して「満蒙権益論」を主張し、抗日の気運が高まると「満蒙の危機」と国民を煽り、アジアの平和安定のためであるとの正義の名のもとに、「満州国」を建国し、「匪賊の徹底討伐」の方針のもとに、罪も無い3000名余りの罪もない一般市民を虐殺しました。この平頂山事件の悲劇とアフガン、イラク戦争、イスラエルのガザ地区などの現在の悲劇は、結局のところ何も変わりません。常に犠牲になるのは罪のない一般市民であり子供たちです。「正義のため」「テロとの闘い」「自衛のため」、戦争を起こしたいと考える勢力は、何時の世も戦争(武力行使)を正当化します。また、その理由も似たりよったりであることが、平頂山事件を見ると分かります。「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は」「永久に放棄する。」と規定した憲法9条の真髄・先進性を、平頂山事件を通じて私たちはあらためて確認することができます。

伊藤真さんも、前述のシンポジウムの中で次のように指摘をされています。
「侵略戦争は絶対もいやだ、侵略戦争は反対である。これはとても大切です。しかし当時も日本の国民は、侵略戦争だとは思っていなかった。後から侵略戦争とわかりましたが、当時は侵略という意識はなかったのではないかと思います。どんな戦争も正義を語って行われます。侵略戦争は絶対しないという教訓として平頂山事件をみてはいけません。どんな名目であっても戦争はしない、という位置づけにしなければならない。侵略戦争をしないだけでは足りない。軍隊、戦争というものの本質を平頂山事件から学ばなければならない。」

3 平頂山事件と安全保障

(1)21世紀の「安全保障」とは何か

さらに、21世紀の「安全保障」が何かという問題の中で、平頂山事件などいわゆる戦後処理問題を解決することの意味と戦争を永久に放棄し、戦力不保持をうたった憲法の平和主義・国際協調主義の今日的実践的意味をあらためて問い直していくことが必要となります。
昨年の洞爺湖サミットでは、地球温暖化問題と地球規模の食料危機についてもっとも多くの時間を割いて議論がなされました。今、国際社会における最大の関心事は、人類全体の生存を維持するための地球規模での環境問題や食料問題等なのです。
冷戦時代においての安全保障は、軍事力を背景とする威嚇によるパワーバランスを指していました。しかし、軍事力の行使によっては、地球規模の人類の生存の危機(温暖化問題や食料危機問題)は解決されません。21世紀における安全保障とは何か。その保障はいかなる手段によって達成されるのかがまさに問われているのです。

(2)憲法の誓いの実践による「安全保障」の確立を
 
ブッシュ政権下で展開された「悪の枢軸国」「テロとの闘い」「正しい戦争」「先制攻撃正当化論」がいずれも破綻し、軍事力行使・戦争という手段によっては問題が解決されない(逆に出口の見えない戦線の拡大泥沼化を招く)ことは、誰の目にも(オバマ大統領を選んだアメリカ国民自身も)認めざるを得ない現実です。軍事力によって、憲法9条を変えることで戦力を公然と保持し、国際紛争を解決する手段として武力を行使し戦争のできる国を作ることによって、私たちの安全は保障されるのか。答えはノーです。
憲法の誓いを放棄して、9条を葬り去り、過去の侵略の事実を否定して中国朝鮮を敵国視し、戦力を保持し増強すれば、アジアの人々はこんどこそ日本を許さないでしょう。日本がアジアで孤立し激しいバッシングの標的となったとき、果たして国際社会は日本を支持してくれるでしょうか。
1933年3月、国際連盟を脱退し国際的に孤立してアジア太平洋戦争へと突き進んだ過去の歴史を再び繰り返してはいけません。
今こそ私たちは、軍国主義の駆逐および他国に対する侵略主義とそれを推進する勢力を永久に除去し、基本的人権の尊重を根本理念とする民主主義国家、平和国家たる新生日本国樹立を誓った日本国憲法の地平に立ちかえり、その誓いを実践することでアジアの人々との約束を果たさなければなりません。憲法の誓いの実践により日本がアジアにおける信頼と尊敬を回復しえたなら、そのとき日本は「国際社会の中で名誉ある地位」(憲法前文)を獲得することも可能となるでしょう。それが21世紀の日本の安全保障にとって、軍事力よりもはるかに確かな礎となることは間違いないと考えます。
いわゆる戦後補償問題の解決は、このような視点からも必要不可欠といえるのです。(以上)


 
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