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憲法情報Now<憲法関連裁判情報>

 

小泉首相、石原都知事の靖国神社参拝違憲訴訟・東京で東京地裁判決、内容と評価

笹山尚人(靖国参拝違憲訴訟・東京弁護団事務局長)
1,東京地裁判決下る
 2005年4月26日、東京地裁民事第12部(柴田寛之裁判長)は、小泉首相、石原都知事の靖国神社参拝違憲訴訟・東京について、判決を下した。判決は、参拝行為の違憲確認や公人の靖国神社参拝禁止立法の不作為の違憲確認、参拝の差し止めの訴えを却下し、損害賠償を求めた点については請求を棄却する、というものであった。
 焦点は、損害賠償の論点において、首相と都知事の靖国神社参拝についての違憲性の判断を行うか、原告らがその参拝によってもたらされた精神的苦痛、「損害論」について、いかなる判断を行うかであった。裁判所は、後者については、「個別的、主観的、抽象的」といった言葉で、原告らが損害の内容として主張した「宗教的人格権」や「平和に思いを巡らす自由」はいずれも権利性・法的利益性を認めることはできないと判示し、その上で、損害がない以上その他の点については判断する必要がないとして、前者についての判断を回避したのである。
 東京地裁大法廷の傍聴席を埋め尽くした原告、支援の人々から大きな落胆と、怒りの声が巻き起こったことは言うまでもない。とりわけ、韓国から傍聴に来た在韓原告の怒りはすさまじく、翌27日の毎日新聞では彼らのコメントが大きく取り上げられている。

2,靖国参拝違憲訴訟・東京の概説

旗だし
 この東京訴訟は、大阪、愛媛、九州山口、千葉、沖縄とあわせて行われた訴訟で、2001年8月13日の小泉首相の参拝を違憲であるとして損害賠償を求めた点で共通している。東京訴訟の特徴は、石原都知事及び東京都をも被告に加えた点(2000年及び2001年の8月15日の参拝の違憲性を問題にした。)、原告団1048名中、713名が在韓の韓国人遺族である点、違憲確認、立法不作為の違憲確認、差し止めを求めた点に特徴がある。既に他の5地裁では、昨年から今年にかけて続々と大阪の2次訴訟を含めた6つの判決が下されており、今回の東京地裁判決は7番目、最後の地裁判決であった。
 他の地裁では、福岡地裁が明確に違憲判決を下した(2004年4月7日)点で成果をあげたが、その他の地裁ではいずれも敗訴したため、各訴訟団は、現在控訴審をたたかっている。福岡以外の地裁の判決では、大阪1次訴訟及び千葉地裁で、首相の参拝は公的参拝である旨の判断は出ているが、松山地裁及び那覇地裁では損害なしのみの判断であった。また、大阪2次訴訟では、小泉首相の参拝は私的なものであるという、ほとんど合憲判決を下したに等しい判断が出ていた。

3,東京地裁判決の評価

韓国人原告
(1)今回の東京地裁判決は、いわば松山・那覇型で、大阪2次訴訟判決を東京地裁で繰り返さなかったという点では最悪の結果は免れたが、当訴訟団としては極めて不十分の印象を免れない判決であった。原告団が求めている、「首相や都知事の靖国神社参拝は憲法20条3項に照らし違憲ではないのか」という疑問、「自分たちがそれを見せさせられ、大変に苦痛な思いをしたのにそれは救済の対象とはならないのか」という疑問について、まともな回答を拒否した判決だからである。
(2)まずは、「宗教的人格権」「平和に思いを巡らす自由」について、その権利性を否定した判断についてである。
 この点については、みなさんは、自衛官合祀訴訟を思い浮かべられたであろうか。裁判所が判例、とりわけ最高裁判例に強く拘束されることはご承知のことと思うが、判例とは、あくまで過去の判断であり、変更すべき事情が生じた場合、もしくはその判例が今となっては(もしかしたら当時から)間違った判断だったと考えられる場合は、遠慮なく変更して差し支えのないものであろう。私は、自衛官合祀訴訟自体、判決のあった当時から誤った判断だったと考えている。尋問で、間近で原告らの強い思いを聞いてなお、裁判官たちが誤った判断を質そうとは考えず、先例の枠を超えることができなかった。残念。
(3)次に、参拝が憲法20条3項が禁止する公権力の「宗教的活動」に該当するか否かについて。この点については、司法消極主義の、いわゆる「憲法判断回避の原則」が働いたといえよう。本件において、このルールを採用したことも大きな問題があった。憲法判断回避の原則が、憲法の人権の実現に寄与するための原則であるなら、原告らが自らの人権の蹂躙があったからこそ訴え出たことに考えを及ぼして、裁判所は原告らの訴えにまともに回答すべきであった。
 裁判所がもし判断を下していたら、どうなっていただろうか。いわゆる目的効果基準にあてはめてみて、お考え頂きたい。この点、これまでの靖国訴訟で、合憲判決を下した事例は全くないのに対し、福岡判決をはじめ、靖国神社参拝についての違憲判断は複数出ていることを想起すべきである。本判決は、このことに鑑み、違憲判決を意図的に避ける政治的配慮をしたとも見ることができる。だとすれば、これは行政への司法の迎合である。
 実は、小泉首相や、石原都知事は、自らの行為の違憲性をよく認識していると思われる。
小泉首相が総裁を務める自民党は、4月に発表した改憲要綱の中で、「社会的習俗の範疇の宗教的活動は憲法上許容されることを明記する」という趣旨の意見を発表しており、これが靖国参拝の合憲化のための意見であることは明らかである。また、石原都知事は、「憲法違反で結構でございます。私はあの憲法を認めません。」との強弁を行っている。こうしてみれば、今回の判決は、小泉首相、石原都知事の認識をも下回るものであり、何とも情けない裁判所であった、といえよう。

4,今後に向けて
 原告らは、この問題を問い続けることが大事と、意気高く控訴を決めた。
現在の東京高裁の姿勢を見る限り、地裁判決をくつがえすのは容易なことではない。しかし、原告らの憲法を問う意気込みがある限り、ベストの弁護をしてこれに応えたいと思う。ご注目いただければ幸いである。

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