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憲法関連論文・書籍情報
書籍『閉ざされた扉をこじ開ける―排除と貧困に抗うソーシャルアクション』
T. M

 日本国憲法第25条は「健康で文化的な最低限度の生活」を権利(生存権)として保障しています。本条は生活保護法や国民年金法など、具体的な社会保障関連法律に基づく公的実践によって実現され、貧困や老齢など各種の社会的リスクにさらされた人々に対し、生存・生活を保障することが期待されています。
 しかしながら、現代の日本においては極度の生活困窮から社会の周縁に追いやられ、公的または民間の支援につながることのできない「見えない人たち」が急増しています。本書が対象とするのは、こうした「見えない」状態にさせられてきた人々をとりまく深刻な問題状況と、これを打開するための視座の在り方の考察、対抗策の提言などです。本書の著者は長年にわたりホームレスやいわゆる「ネットカフェ難民」など、社会的な基盤を喪失し、困窮に陥った人々を最前線で支援してきました。一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、「いのちのとりで裁判」共同代表などを務め、貧困問題の公的・私的な現場から積極的に声を挙げてきた活動家であり、研究者です。
 本書が扱う貧困の形態は多岐にわたります。東京五輪を口実に都心の公園や居住地から排除された人々、LGBTを理由に安定した住居にアクセスできないカップル、「申請ボタン」のワンクリックを忘れただけで週払いの給与が手に入らず、突如、路上生活寸前に陥った30代の青年、ネットカフェで出産せざるを得なかった女性…。本書に登場する多くの人びとは懸命に自身の人生を取り戻そうともがきながら、しかし、法律や行政上の対応、社会のまなざしに絶望し、社会的つながりからの排除へと陥りました。中には命を絶ってしまった人もいます。
 他方、現政権が2度にわたって敢行した生活保護基準の切り下げの過程も取り上げられ、政府の杜撰な対応、「つじつま合わせ」がなされていたことを著者は実証的に明らかにしています(第3章参照)。第25条の実現に第一義的に責任を負う政権担当者は、社会で生活を営む人々の生活・生存の保障という自らの基礎的な義務を放棄していると言えるでしょう。
 それでもなお、こうした悲惨な状況に抗う声は決して小さくないことも分かります。著者自身を含む数多くの民間の支援や活動が公的機関を動かした事例も本書には紹介されており、こうした地道な取り組みが政治の場における言説や行為に変化をもたらすのではないか、という希望も見いだすことがきます。
 実際に生活保護を利用するある男性は、上記の保護基準引き下げによって人間関係から疎外されてしまいました。当人は「衣食は何とかやりくりしている」としながら、「友達がいなくなった」ことへの苦労を語っています。これに対し著者は、「友人や親戚との付き合いを断ち切らないといけないような生活が『健康』で『文化的』な生活と言えるのか、という点は問われなければならない」と訴えます(162頁)。
 コロナ感染予防対策で休業要請などが行われた「特定警戒都道府県」13都道府県の主な自治体において、4月の生活保護申請件数が前年比で約3割増とされています。今後、貧困問題はより一層深刻化するでしょう。上記の著者の言葉を各人が受け止め、社会における一種の「つながりの失敗」を今一度自分自身の問題として捉え直し、再考することが求められています。

目次

はじめに
第1章 2020年東京五輪の陰で排除される人々
第2章 世代を越えて拡大する住まいの貧困
第3章 最後のセーフティネットをめぐる攻防
第4章 見えなくさせられた人たちとつながる 
おわりに

【書籍情報】2020年3月、朝日新書。著者は稲葉剛。定価は790円+税。 


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