2019年10月、神戸市の小学校に勤務する25歳の男性教員が同僚の教員4名から悪質ないやがらせ、傷害・暴行事件とも呼ぶべき行為を受けていた事件が発覚しました。激辛カレーを目にこすりつけられる映像はワイドショー等の報道を通じて多くの人に衝撃を与えたと思います。その他にも新任の教員がクラス内の数々のトラブル、およびこれに対する同僚のサポートの欠如等による過度な精神的負担から、採用されてわずか半年後に自殺を図り、公務災害として裁判で認定された事案もあります。こうした事件は枚挙にいとまがなく、日本の教員は年間5000人が精神疾患休職となり、かれらは今まさに「死と隣り合わせ」で仕事に励んでいます。他方、こうした事態への行政の対応は極めて不徹底、あるいは現状を等閑に付した内容であり、子どもや保護者も日に日に教師への不信、学校への不信を募らせています。
著者は、学校、教職員向けのアドバイザー、コンサルタントとして全国各地の学校を研修講師として訪問する、あるいは文部科学省委託の学校業務改善アドバイザー、国の審議会の委員等を務めるなどの活動を行ってきた教育研究家です。同時に4人の子どもの保護者でもあり、PTA会長も経験しています(本書10頁参照)。筆者は教師や学校のあり方の問題について、従来の感情論や漠然としたイメージに基づいて語るという現状から脱し、実証的なデータを用いて当該問題の本質および改善策について検討する必要があるという問題意識に基づいて、本書において「教師の危機的状況」の実態を明らかにしています。
目次のとおり「教師の危機」を5つの項目に分け、いずれも新聞、公的な統計、研究書、現場の教師の声などを基に、問題の要因や本質について究明を試みています。詳細はぜひ本書を一読して頂きたいのですが、いずれにしても現在の教員たちは教育のプロフェッショナルでありながらその領域外での「仕事」の負担が過剰であること、そのために授業準備や自らの読書などの学びの時間的、精神的余裕が確保できないこと、ひいては子どもへとそのしわ寄せが及んでいることが底流にあります。著者は自身の考察を基に、「文科省がいますぐやめるべき『2つのこと』」、「『学校に携わるスタッフ』を増やせ!」などの具体的な政策提言を行っており(第5章参照)、この点も本書の刮目に値する点です。
新型コロナウィルスの感染拡大防止の観点から、学校における教師の対応が再度注目を浴びています。学校という教育にとって最重要の現場で子ども達のために奔走する教職員たちの声を真摯に受け止め、政府や社会がきちんとサポートしてきたか疑問です。子どもを大切にしない社会に未来がないのであれば、子どもを支える教師たちを支えられない社会にも未来はないといえるのではないでしょうか。これまでのエモーショナルな、個人的体験にのみ依拠した「教育論」から脱し、疲弊しきった教育現場を改善するにあたって、本書は重要な視座を提供しています。
目次
はじめに―知られざる「ティーチャーズ・クライシス」の真実
第1章 クライシス1 教師が足りない
第2章 クライシス2 教育の質が危ない
第3章 クライシス3 失われる先生の命
第4章 クライシス4 学びを放棄する教師たち
第5章 クライシス5 信頼されない教師たち
第6章 教師崩壊を食い止めろ!
おわりに
【書籍情報】2020年5月、PHP新書。著者は妹尾昌俊。定価は960円+税。