本書は、日本国憲法が採用する抽象的な原理や原則が社会において生じる実際的な問題に対し、いかにして解決へのアプローチを示し得るのかという憲法学の役割の一つを自覚的に捉え、「現実的な諸課題と交錯する地点における憲法論のあり様を提示することを通じて、憲法学の『現在地』を明らかに」(はしがき参照)することを試みる一冊です。
本書の特徴は憲法の基本的な構成を基に、「総論」、「人権」、「統治」の領域に大きくテーマを分類し、当該テーマに関するアクチュアルな問題を各章の冒頭に【設問】として掲げ、これを検討するための思考の道筋が丁寧に提示されている点です。各章はそれぞれ異なる著者によって分析がなされています。各著者が設定する【設問】は、たとえば、いわゆる「森友・加計学園事件」を素材にした政官関係の在り方に関し再考を促すものなど、具体的な事例から出発し、これを基に憲法内在的、原理的な論点が展開されています。
【設問】を通じて身近な例から思考を始め、そして各章の分析には詳細な脚注が付されて検討がなされており、極めて学術的な面も有している点で、本書はとても読み応えがあります。また、各章の最後には「設問への解答」として著者による一定の道筋が示されており、自身の見解との照会もおもしろいです。
しかし、編者が強調するように当該「解答」は「正解」として位置づけられるのではなく、ときに各章では「憲法学の『限界』、『迷い』、『悩み』も吐露され」(同上)ます。読者は各論者の当該「悩み」と伴走しながら、自身の考えを再考する契機を獲得することになります。
具体的な政治的課題などを憲法学的に再構成し、社会のあるべき姿を提示するためには、幾多の試練を通じ磨かれ続けた憲法論を今一度見直す、すなわち、その到達点や「限界」、発展可能性について学ぶことは極めて有益だといえます。本書はそのために必読の一冊だといえるでしょう。
目次
はしがき
《総論》
1.国民主権
2.国家目標と国家目標規定
3.立憲主義
4.天皇制
5.明治憲法と日本国憲法
6.憲法改正の限界
《人権》
7.法令の合憲性審査の思考様式
8.人権の国際的保障
9.人権保障と制度
10.私人間における権利の保障
11.プライバシー権
12.法の下の平等
13.国家と宗教
14.表現の自由の原理論
15.マス・メディアの自由と特権
16.国家助成と自由
17.大学の自治・学問の自由
18.教育の自由・教育権
19.経済的自由の限界
20.財産権
21.生存権
《統治》
22.代表観念
23.選挙制度
24.政党の位置づけ
25.議院内閣制
26.法律事項
27.立法手続
28.内閣と行政各部
29.司法権
30.違憲審査制と統治行為論
31.憲法判断を含む判決の類型
32.地方自治
33.財政
【書籍情報】2020年12月、日本評論社。編者は山本龍彦=横大道聡。定価は3600円+税。