新型コロナウィルス感染拡大は日本を含む全世界で貧困問題の急激な深刻化・可視化をもたらしました。「Stay Home」という政府のスローガンは、安定した住居のない人々やその日暮らしをする母子世帯等にとってはあまりに現実離れしており、生活に困窮する人々は孤立していきました。こうした光景を私たちはメディア等を介して目の当たりにしたのです。いわゆる狭義の「ホームレス」状態の人々を「貧困層」と捉える時代と比して、貧困の形態は多様化しています。現在、若い世代や10代の子どもまで「突然路上生活になった」という声を発するようになり、そのような光景はこの一年間で常態化しつつあります。
本書はこうした意味での貧困の急激な「可視化」を「貧困パンデミック」と捉えます。そして、「貧困パンデミック」の実態と、その状況下における支援者たちの想い・試み、乗り越えるべき障壁等の実態等が詳細に明らかにされた一冊です。
目次をご覧になるとわかるように、本書は新型コロナウィルス感染拡大が本格化した2020年春からの約一年における著者の活動を時系列的に記したものです(著者がウェブ媒体で発表した記事を中心に構成され、適宜補足が付されています)。政府が矢継ぎ早に打ち出す政策に追い込まれ困窮状態に陥る人々をめぐる状況は言うまでもなく、コロナ禍での生活支援制度に関する具体的な内容や生活保護の扶助基準引き下げに関する裁判、ペットと路上生活を送る人々への具体的な支援、そこに至るまでの困難等、様々なアングルから「貧困パンデミック」と支援の実態が記されています。
本書が「コロナ禍における『共助』の記録であると同時に、『公助』がいかに機能しなかったのか、を伝える記録にもなっている」(「はじめに」参照)という著者の言葉通り、「貧困パンデミック」においてさえ「公助」は常に後景に退いているということがわかります。その一方で、支援者たちの想いや行動が着実に具体的な支援へと結実し、人と人とのつながりの結び直しが実現しているという点も見落とせません。「貧困パンデミック」では一体何が起きた/起きているのか、政府の本来的な役割を再定位するとすれば、それはいかなる考えによって立つべきか、そして「つながり」の一翼を担う私たちがなすべきことは何であるか等、重要な問題提起を発する一冊です。
目次
はじめに――2019年~2020年、冬
第1章 2020年春
【2020年3月】緊急提言:コロナ対策は「自宅格差」を踏まえよ――感染も貧困も拡大させない対策を
◆温存されてきた「自宅」をめぐる格差
◆「自宅を失わないための支援」と「自宅を失った人への支援」の強化を
【2020年3~4月】もう一つの緊急事態――「誰も路頭に迷わせない」ソーシャルアクションの記録
【2020年4月】ネットカフェ休業により路頭に迷う人々――東京都に「支援を届ける意思」はあるのか?
◆ネットカフェにも休業要請、半月で100件を超える緊急相談メール
◆女性の相談が2割を占める
◆ホテルに入居できた人は全体の1割強
◆都の支援策はあったが、路上生活に追いやられた人たちも
◆相部屋に誘導される問題も、あまりに不衛生すぎる宿泊施設
◆緊急宿泊支援に関する広報をほとんど行っていない東京都
【2020年5月】生活保護のオンライン申請導入を急げ
◆急速に拡大する国内の貧困、2日間で5000件の電話相談
◆住居確保給付金の制度は改正されたが
◆厚労省が自治体に手続きの簡素化を求める事務連絡
◆生活保護のオンライン申請の早期導入を要望
◆生活保護の相談を受ける福祉事務所の職員体制は手薄に
第2章 2020年夏
【2020年6月】世界中の路上生活者を支えた猫の死――「反貧困犬猫部」と「ボブハウス」
◆「毎朝起き上がる理由」を与えてくれた猫
◆ボブが支えた世界中の路上生活者
◆「反貧困犬猫部」を結成、ペット連れで路頭に迷う人を支援
◆ペット可シェルター「ボブハウス」開設へ
【2020年7月】「感情」や「通念」で切り崩される人権保障――名古屋地裁で出された2つの判決を批判する
◆6人に1人が月手取り10万円以下の生活
◆一部の政治家が生活保護バッシングを主導
◆全国各地で生活保護基準引き下げの違憲性を問う裁判
◆注目された、政治的理由による引き下げ
◆判決は、基準見直しが専門家の意見を踏まえていないことを容認
◆「社会通念」という言葉を用いて、行政の決定を追認
【2020年8月】貧困拡大の第二波と制度から排除される人々
◆給付金の対象から実質的に除外されている外国人と路上生活者
◆生活困窮の外国人は公的支援策を使えない状況に
◆給付金支給対象の限定に批判が集中
インタビュー 居住支援の活動から
1 活動の来歴
2 コロナ禍に直面して
3 日々の活動が“届いた”
4 路上の変化
5 直近(9月)の動向
6 今後の懸念点、その先の支援へ
第3章 2020年秋
【2020年9月】「自立支援」の時代の終焉を迎えて――住居確保給付金から普遍的な家賃補助へ
◆コロナ禍で増え続ける倒産、増えていない生活保護の申請件数
◆社協の貸付制度と住居確保給付金の申請は急増
◆住居確保給付金の期間延長は喫緊の課題
◆困窮者支援制度の現場には大きな混乱
◆過労により追い詰められる困窮支援窓口の職員
◆相談員の負担を減らし、待遇改善を
◆「再就職支援」の性格を外し、期間を限定しない普遍的家賃補助制度に拡充を
【2020年10月】「家なき人」に住民が声かけする街――コロナ禍で進む「路上脱却」の背景とは?
◆「長期路上」の人が立て続けにシェルターに入所
◆収入が減った路上生活者、『ビッグイシュー』の通信販売は好調
◆路上生活者を支援する市民の動きは活発に
◆「声かけ」がシェルター入所のきっかけに
◆路上生活者の「不信感」をほぐすことに苦心
◆制度の狭間にいる人には行き届かない支援
【2020年11月】年末の貧困危機、派遣村より大事なことは?
◆住宅支援の拡充を求める緊急要請書を提出
◆東京都も年末年始対策へ動き
◆次々と問題点が発生した今春の東京都の緊急宿泊支援
◆今こそ、公助の出番だ
第4章 2020~21年冬
【2020年12月】コロナ禍の年末、生活保護行政に変化の兆し
◆国会で生活保護制度の問題が取り上げられ、風向き変わる
◆水際作戦の根絶のために申請支援システムを開発
◆あらためてオンライン申請の導入を要請
【2021年1月】底が抜けた貧困、届かぬ公助――コロナ禍の年越し炊き出し会場の異変
◆行政窓口の年末年始対応が一部で実現、支援の力に
◆生活保護の利用を忌避する要因は何か
◆最大の阻害要因である扶養照会
◆撤廃に向け、まずは運用限定を
【2021年2月】権利と尊厳が守られる生活保護に――「三方悪し」の扶養照会の抜本的見直しを
◆民間の努力は限界に近い。公助を叩き起こす必要
◆菅首相の「最終的には生活保護」発言
◆制度の利用を阻む「扶養照会」
◆扶養照会の当事者から体験談続々
◆担当職員からも「弊害」「ストレス」「必要ない」
◆援助につながったのは1・45%。悪影響ばかりの扶養照会
第5章 2021年春
【2021年3月】横浜市「水際作戦」告発があぶり出したものは
◆虚偽説明を繰り返した福祉事務所職員
◆全国で続発する「水際作戦」
◆1年半で5自治体が謝罪。台東区は避難所への入所拒否
◆自治体現場での人権感覚欠如と根深い差別意識
◆住まいは基本的人権
【2021年4月】「住宅危機」――長期のコロナ禍で深刻化の一途
◆「個室シェルター」で緊急支援、住宅確保もサポート
◆退所者の多くが自分名義のアパートへ
◆東京都はビジネスホテルを活用した住宅支援を導入
◆初期費用を提供する「おうちプロジェクト」展開
◆居宅支援は行政が担うべき事業だ
【2021年5月】参議院厚生労働委員会での参考人発言
あとがき――アフターコロナの「せめぎ合い」のために
初出一覧
【書籍情報】2021年7月、明石書店。著者は稲葉剛(一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、生活保護問題対策全国会議幹事)。定価1,980円(本体価格1,800円)。
【関連HP:今週の一言・書籍・論文】
今週の一言(肩書きは寄稿当時)
大学生は「貧困」問題をどう考えているのか
久保田 貢さん(愛知県立大学教員・教育学)
子ども・若者貧困対策を支援 ~子ども・若者貧困研究センターの取り組み
川口 遼さん(首都大学東京子ども・若者貧困研究センター特任研究員)
書籍『閉ざされた扉をこじ開ける―排除と貧困に抗うソーシャルアクション』
稲葉剛さん(一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事ほか)