「海外派遣自衛官と家族の健康を考える会」は、2015年の安全保障法制成立によって、自衛官の海外派遣任務の戦闘リスクが高まるなか、自衛官や家族のメンタルヘルスケアの外部的受け皿として、精神科医を中心に、看護師、カウンセラー、研究者、自衛隊の問題に詳しいジャーナリストなど32名が立ち上げた人道支援の医療支援団体です。海外派遣自衛官と家族の健康相談を受け付けるほか、コンバット・ストレスや戦争によるトラウマ、PTSDについての知識をひろめていく目的で勉強会やシンポジウムを全国で開催しています。
本書は、2020年5月から6月にかけて連続3回開催されたオンラインシンポジウムの内容に加筆、新たに3人の寄稿と故五十嵐善雄医師(共同代表)の遺稿を加えて発刊されたものです。当研究所HPの「今週の一言」にご寄稿下さった布施祐仁さんの論稿も収載されています(第7章)。下記【関連HP:今週の一言・書籍・文献】参照。
自衛官や家族のメンタルヘルスは、当事者の問題と考えがちですが、自衛官は「国民の負託」に応えるため、命を懸けて危険な任務に就くわけですので、派遣された自衛官のメンタルヘルスに深刻な影響が出ているとするならば、自衛隊の是非は別にして、私たち国民全体、社会全体の問題として考えていかなければなりません。
本書では、第1部でアジア・太平洋戦争後、長年見過ごされてきた戦争トラウマについて、研究者や精神科医がその戦争トラウマの実態を明らかにし、第2部では現代の紛争と自衛官のトラウマの実態について、第3部では戦争が私たちにもたらす長期的な影響が、国内外の研究から明らかにされています。
2021年11月9日も自衛隊員の自殺者に関する文書の開示請求に対し、防衛省がほぼ黒塗りで開示したのは情報公開法に反するとして、札幌市の弁護士が自殺者の氏名をのぞく部分の開示を求めた訴訟の高裁判決がありましたが、自衛官の自殺についての情報はブラックボックスで、家族でさえなかなか知ることができない状況にあります※。
コンバット・ストレスを知ることは戦争の本質を知ることにもつながります。本書の巻末には、戦争トラウマについての理解を深める書籍や映像作品のリストも掲載されていますので、かけがえのない命が一人でも多く救われるよう、本書をきっかけに知識を深め、考えていきたいと思います。
もくじ
はじめに
序章 当会設立経緯と目的…高遠菜穂子
第I部 見過ごされてきた戦争トラウマ
第1章 アジア・太平洋戦争と戦争神経症…細渕富夫
第2章 戦争が日本兵と家族にもたらした心の傷…中村江里
第3章 沖縄戦によるPTSD…蟻塚亮二
第4章 引き継がれる傷跡—精神科医が聞いた語り…五十嵐善雄
第5章 戦争トラウマ―高齢者臨床の現場から…田村修
第II部 現代の紛争と自衛官のトラウマ
第6章 もう一つの戦争トラウマ―外傷性脳損傷(TBI)…大竹進
第7章 イラク・南スーダンの事例から考える 自衛隊のメンタルヘルス…布施祐仁
第8章 海外派遣を求められる自衛隊員と家族を思う…佐々木あずさ
第III部 戦争が私たちにもたらす長期的影響
第9章 巻き込まれる家族—イラク派遣以降から見えてくること…福浦厚子
第10章 AI戦争兵器でコンバット・ストレスはなくなるか?…野田哲朗
参考文献・映像作品一覧
戦争とトラウマ/コンバット・ストレスについて理解を深めるために
【書籍情報】2021年9月、あけび書房。編者は、海外派遣自衛官と家族の健康を考える会。定価1,760円(本体価格1,600円)
今週の一言(肩書きは寄稿当時)
自衛隊の海外派遣と隊員・家族のストレス
布施祐仁さん(ジャーナリスト)
対テロ戦争・戦争立法の中で自衛隊員と家族は、いま。
佐藤博文さん(弁護士・「自衛官の人権弁護団・北海道」団長)