日本国憲法が保障する「言論(表現)の自由」について、法学界では、一体「言論」とは何を指すのか、「自由」は誰にとってのどのような自由なのか、そして「(法的に)保護されない言論」はあるのか、あるとすればそれは何故なのか等について争われてきました。とくに憲法上の争点になるのはある言論が規制の対象となり、場合によっては制裁の対象となる場面です。
本特集は、近年のインターネット上における誹謗中傷がきっかけでテレビタレントや子どもたちが追い詰められ、時には自殺するという最悪の事態までに至るという深刻な社会問題を見据えて組まれています。すなわち、法制審議会が昨今のこうした状況を踏まえて「侮辱罪」の法定刑見直しを議論していること、さらに、匿名性の誹謗中傷による権利侵害の回復にむけてプロバイダ責任制限法が2021年4月に改正されたこと等、こうしたアクチュアルな論点を軸に7つの論考が収められています。刑法、民法、憲法など様々な法分野からの検討と課題が提示され、現代のネット社会における言論の自由や規制の在り方が論じられています。
具体的な内容としては、上記の法制審議会における具体的な議論状況を追い、本質的な論点を提示するもの、そもそも法における「言論」とは何かを定位したうえで、インターネットという憲法制定時には想定されていなかった言論空間では、どのような自由や権利が保障されるべきかを扱うもの、あるいは、侮辱罪などをめぐる具体的な紛争(裁判)の在り方等が扱われています。インターネット上の誹謗中傷を「悪」として制限するという考えは一見わかりやすいようで、法学においては様々な論点をふくんでいます。言論の自由を維持・発展させるという伝統的な課題と、他方でインターネット上にあふれる罵詈雑言とこれによって権利侵害をこうむった人々への救済の在り方、旧くて新しい問題が再提起されているといえるでしょう。
以上の問題を考えるにあたり、現在の日本の法政策における「到達点」と「言論の自由」の「原点」の両者を見据え、両者の距離がどのように位置づけられるかという視座は重要な点の一つだといえます。様々な位相で語られる「言論の自由」や「行き過ぎた言論」に対するサンクション等、ますます重要性を帯びている問題を冷静に考えるためのヒントが多分に含まれている特集です。
目次
侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割
──侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって……嘉門 優
オンラインハラスメントの刑法的規律
──侮辱罪の改正動向を踏まえて……深町晋也
讒謗律をめぐる言論と私人の名誉……髙田久実
ネット言論と表現の自由のこれから……志田陽子
インターネット上の名誉毀損と民法法理……村田健介
インターネット上の匿名誹謗中傷をめぐる民事紛争と法
──発信者情報開示請求制度・民事裁判手続の在り方をめぐって……杉本和士
媒介者責任の再検討
──プロバイダ責任制限法改正および関連する取組の意義と課題……成原 慧
【書籍情報】2021年11月、日本評論社が発行する雑誌『法学セミナー』2021年12月号の特集。定価は1,540円(本体価格1,400円)。