この本は、2019年から2021年までの、「表現の不自由展」をめぐる一連の経緯と真相を明らかにした書です。民主主義の基盤である表現の自由を守り、地方自治の破壊を許さないために様々な形で闘ってきた人々が、自らの体験から、妨害が起こった政治的背景や、妨害勢力と闘う市民運動がどのように展開されてきたかを、明らかにしています。
第1章で事件の政治的背景、第2章でリコール不正署名の法的問題点、第3章で何故表現の不自由展が妨害の対象となったのかが明らかにされ、第4章で「表現の不自由展・その後」の再開を求める運動からリコール署名反対運動がどのように展開されたか、第5章で2021年の名古屋での妨害の実態や、中止を乗り越えて再開を目指す運動が報告されています。
事実の概要(役職は当時)
2019年、国内の公的な展覧会から展示を拒否された美術作品を集めて、現代日本の表現の不自由状況を考える趣旨で企画された、国際芸術展「あいちトリエンナーレ」の企画展、「表現の不自由展・その後」が開催されました。
日韓関係が戦後最悪と評されていた時期、《平和の少女像》が展示されていることを知った日本維新の会代表でもある松井大阪市長が、河村名古屋市長に「あんな展示をさせてよいのか」と苦言を述べ、視察した河村市長が「表現の不自由という領域ではなく、日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない。厳重に抗議するとともに、展示の中止を含めた適切な対応を求める」などと批判して企画展の中止を要求すると、菅官房長官は展示内容を理由に助成金の支給を慎重に判断すると記者発表をしました。
これら一連の報道は、差別・排外主義、歴史修正主義的な偏見を助長し、韓国嫌悪の感情を抱いていた市民らの抗議が殺到し、脅迫FAXがあったことなどから、企画展は開催後わずか3日で大村愛知県知事が中止を発表する事態となりました。これに対し、表現の自由の危機を感じた全国の市民が再開を求める運動を展開します。
国は補助金を不支給としましたが、愛知県の不服申立てにより、減額の上支給されることとなりました。一方、名古屋市は、事前の情報提供が不十分だったことや、中止・再開の決定は、大村知事の独断でなされたとして負担金残額の不支給決定を行い、民事訴訟に発展しました。
これに反発した河村市長は、高須克弥氏(美容整形外科医院長)と相談の上、大村知事に対するリコール署名運動を始めました。署名の推進母体の設立時には、百田尚樹氏、竹田恒泰氏、武田邦彦氏、有本香氏が駆け付け、河村市長、吉村大阪府知事もメッセージを寄せています。
しかし、11月に提出されたリコール署名43万5,000筆は、約83%が同一筆跡など無効の疑いのある署名でした。調査の結果、アルバイトを雇って大量の偽造署名が行われていたことが発覚し、田中事務局長ら4人が逮捕されるに至ります。提出された署名のうち8,000人は死者でした。有効署名数に満たずに署名が成立しない場合、署名簿が返却される扱いとなっていたため、署名数を誇大にみせかけるため偽造させたようです。
表現の自由(憲法21条)は民主主義の根幹であり、憲法上、特に手厚く保障されるべき自由です。また、「地方自治」は日本国憲法の基本原理を実現するために必要不可欠なものであり、リコール制度は「地方自治」において直接民主制を実現する極めて重要なものです。
2022年1月12日、地方自治法違反(署名偽造)に問われた広告関連会社の前社長、山口彬被告に、名古屋地裁は、懲役1年4月、執行猶予4年(求刑・懲役1年4月)の有罪判決を言い渡しています。(他は公判中。)
この判決を受けて河村市長は取材陣に「熱心に署名活動をやっていた人の陰で行われた犯罪は許されん。どうして、そういう話が出ていたときに河村さんに相談してくれなかったのか」と語り、自身の関与を否定したそうです。実際どうだったのかわかりませんが、2021年の衆議院選挙で議席を伸ばし、憲法改正に前のめりである維新の会や河村市長の実像も明らかにされています。多くの方々に知っていただきたい内容が凝縮された一冊です。
第1章 不自由展中止からリコール署名捏造に至る政治的背景 中谷雄二
第2章 愛知県知事リコール不正署名問題で問われるべきことは何か 飯島滋明
第3章 封じられた美術展、再び取り戻す 岡本有佳
第4章 あいトリの不自由展「中止」と再開から河村たかし氏の落選運動まで 高橋良平
第5章 失われた4日間の回復をめざす私たちの「表現の不自由展・その後」 山本みはぎ
第6章 かんさい展やり遂げてなお、いつかくるその日のために おかだ だい
解説 大阪地裁及び大阪高裁の決定について 中谷雄二
[巻末資料]
【書籍情報】2021年11月、あけび書房。編著者は中谷雄二、 岡本有佳。著者は飯島滋明、高橋良平、山本みはぎ、おかだだい。定価は1,760円(本体価格1,600円)。
【関連HP:今週の一言・書籍・文献】
今週の一言(肩書きは寄稿当時)
『「表現の自由」の明日へ:一人ひとりのために、共存社会のために』大月書店、2018年10月刊行
志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)
中高生のための憲法教室
第12回<「表現の自由」はなぜ大事?>