現在進行中のロシアのウクライナ侵攻においては、核保有国が核戦力を背景に他国の軍事介入を抑止しつつ、通常兵器で非核兵器国に侵攻するという形で「核抑止力」が使われています。誤認識や誤算などから核兵器が使用される危険性も最高レベルにあると指摘される中、多くの国が軍事戦略において核兵器を重視する傾向にあり、戦争被爆国の日本でも「核共有」が主張されています。
本特集は、核への脅威が高まり、世界が軍拡へと舵を切る中、現在の危機を乗り越え、核軍縮・核廃絶への歩みを再起動させるために、私たちにできることは何かを真剣に考えさせるものです。
数年前から核兵器をめぐる状況は激変していた
中満 泉(国連事務次長・軍縮担当上級代表)は、すでに数年前から核兵器をめぐる状況は構造的に激変し核のリスクが高まっていたと指摘します。
本稿では、核兵器拡散の新たなきっかけになりかねない「ウクライナが核放棄をしなければ侵略されることはなかった、核兵器保持は究極の安全保障である」との言説を完全に否定した上で、数年前からの核兵器をめぐる状況を概観し、核廃絶に向けた軍縮努力の再構築のための戦略的ポイントを解説しています。
核兵器禁止条約第1回締約国会議
2022年6月21日から3日間、核兵器の開発や使用を禁止した核兵器禁止条約の初めての締約国会議が、オーストリアの首都ウィーンで開催されました。9つの核保有国や核の傘の下にある日本を含む30あまりの国は条約を批准していませんが、批准していない国もオブザーバーとして会議を傍聴し、意見表明することが認められています。本特集では、ノーベル平和賞を受賞したICANのメンバーである川崎 哲氏によって、日本が締約国会議にオブザーバーとして参加する意義が述べられています。第1回締約国会議には、NATO加盟国のドイツ・ノルウェー・オランダがオブザーバーとして参加しましたが、日本は残念ながら不参加となりました。
最終日には、核なき世界に向けた行動を呼びかける「ウィーン宣言」が採択されています。
ミサイルをひまわりに
川崎氏は、「核兵器禁止条約は、危険な核抑止力論を排し、より理想的で国際法に根ざした安全保障を築くためのツール」。「国際条約の定めを最終的に強制する術は今日の世界に存在しない。それでも、たとえば検証能力を高め、違反を公正に探知することができるようになれば、国家間の議論を通じた外交的解決の余地は高まる。条約など無力だと刹那的になって武力依存に突き進めば、その先には破滅しかない」。といいます。
ウクライナが自国にあった旧ソ連の核兵器のロシアへの返還を完了したとき、米国、ロシア、ウクライナの国防相が、旧ミサイル発射台にひまわりを共に植えたことで、「ミサイルをひまわりに」が世界の核廃絶運動のキャッチフレーズになったというエピソードが印象的でした。
太田昌克氏は、米国の核戦略指針など、これからの核軍縮の鍵であり、世界の潮流を考える上で欠かせない視点をわかりやすく解説しています。また、吉田文彦氏は、「プーチン危機」により変化した世界で、どのような対応をしていくべきか。歴史を危険な方向に動かしうる核リスクのマグマを逆手に取る形で、核軍縮のエネルギーとして活用していくにはどのような選択肢があるか、考察されています。
核軍縮・核廃絶は、途方もなく困難な道のりのように思えますが、人類の未来のために当事者である私たち一人ひとりが真剣に考え実現していく必要があります。自分にできることは何か。希望と勇気を与えてくれる特集です。2022年8月のNPTの再検討会議も注目していきたいと思います。
目次
特集1 核軍縮というリアリティ
〈逆流に抗して〉
核軍縮の必要と必然――困難な道のりをどう進むか
中満 泉(国連事務次長)
〈廃絶へ前進を〉
核兵器禁止条約という現実的選択――日本は締約国会議に参加せよ
川崎 哲(ICAN)
〈アメリカ核戦略を読む〉
核カオスの深淵――プーチンの核恫喝とバイデンの新核戦略
太田昌克(共同通信)
〈核の威嚇との対峙〉
巨大リスクが可視化した世界――「プーチン危機」後の核軍縮
吉田文彦(長崎大学)
【書籍情報】2022年5月、岩波書店が発行する雑誌『世界』2022年6月号の特集。定価は935円(本体価格850円)。