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浦部法穂の憲法時評

 

農地法改正


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2009年6月1日

 農地法の改正案が5月8日の衆議院本会議で可決され、今国会で成立する見通しだという。この改正は、従来の「自作農主義(耕作者主義)」を大きく転換するものだとされ、一部には「平成の農地改革」などという言われ方もされているようである。その割にはメディア等の注目度は低いが、場合によっては日本の農業を完全に衰退させることにもなりかねないものである。
 現行の農地法は、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護し、……耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る」とし(第1条)、耕作者自身による農地所有という原則を掲げている。この「自作農主義」は、戦後の「農地改革」以来維持されてきた農政の大原則であった。これに対し、今回の改正案は、「自作農主義」に関する文言を削除し、「農地の効率的な利用の促進」を基本的な目的とするものである。ただし、衆議院では、民主党の修正要求により、「耕作者自らによる農地の所有が果たしてきている重要な役割も踏まえつつ」などの語句が入れられ、「自作農主義」への「あいさつ」だけはするという形のものになった。
 今回の改正の一番の「目玉」は、農業者や農業生産法人ではない株式会社などにも農地の賃借を認め、一般企業などの農業経営への参入を全面的に開放するという点である。その背景には、農地の所有・利用に対する規制を撤廃して企業の参入の道を開き、農業を全面的に市場原理に組み込もうとする財界の意向がある。小泉政権下の規制改革会議や経済財政諮問会議では、こうした財界の意向が率直かつ露骨に表明されていた。その一方、「農業は儲からない」という現実が年々深刻さを増していくなかで、農業に従事する人の数は減少の一途をたどり、「耕作放棄地」つまり利用されずに荒れたまま放置されている農地は全国で40万ヘクタールほどにもなるといわれる。こうした耕作放棄地の有効利用のためにも、また、農業が業として成り立つような大規模営農を可能とするためにも、意欲と能力のある企業などの農業への新規参入を認めるべきだ、それはまた、食糧自給率の向上という観点からも必要だ、というのが、規制撤廃派の大義名分である。
 荒れたまま放置されている農地の有効利用を促進することは、たしかに必要なことであるし、農業では生活できないという状態を変えるために大規模化は一つの方策ではあろう。また、いまや40%を割り込んだ食糧自給率の向上も急務である。しかし、企業による農地支配を認め、農業を完全に市場原理のもとにおくことが、これらの問題解決に資するとは、とうてい思われない。農業分野で企業支配が進めば、小規模な個人農家は競争に勝てるはずもなく消えゆく運命となるであろう。利益をあげることが最優先に求められる企業に、消費者に安全な食料を継続的に供給するという農業の使命を誠実に果たすことが、果たして期待できるであろうか。儲けのためなら偽装も虚偽表示も何でもあり、あるいは、景気が悪くなれば義理も人情もなく簡単に首切り、という昨今の日本企業の有り様からみれば、誠実に農業を営む企業があらわれるとは考えがたい。参入してみたけれど外国農産物との競争のなかで思うような利益をあげられず即撤退、あるいは、利益をあげるために化学肥料や農薬を大量に投入して生産量を増やし、個人農家をつぶしたあげく、化学物質で汚染された農地が使い物にならなくなり、結局投げ出して撤退、といったところがオチではなかろうか。一般企業に農地を開放するというのは、そこで語られる大義名分とは裏腹に、日本の農業を死滅させることにさえなりかねないものである。
 じつは、日本の政府も財界も、日本の農業が衰退することを想定した「次の一手」を、すでに打っている。今回の農地法改正と機を同じくして、農水省と外務省は「食料安全保障のための海外投資促進に関する会議」なるものを発足させた。「国際的な食料需給が長期的にひっ迫基調にある中、食料を安定的に国民に供給するためには」「海外農業投資の促進のための施策の検討が急務」であり、「民間企業の一部で海外農業投資を行う動きが見られるものの、個々の主体の活動には限界があり、官民を挙げて総合的に取り組む必要がある」というのが、この会議を発足させた趣旨である。すでに、大手商社を中心に、途上国の農地・農業への投資が行われているが、これを国を挙げてやろうというわけである。こうした動きは多くの先進国・食料輸入国ですでに展開されており、「世界農地争奪戦」の様相を呈しているが、日本もこれに参戦するという決意表明である。要するに、日本の国内農業を企業の自由競争に委ねてみて、うまくいかなかったら国内の農業は諦めて、土地も労働力も安く手に入る途上国で大手企業が農業をやればよい、という発想である。まさに、新たな植民地主義である。
 農業は、たしかに、いま、厳しい環境におかれている。しかし、そんな中でも、消費者と生産者とが連帯し、安全な農産物の安定的な供給体制を支えようという動きは、全国各地で展開されている。そういう動きを支援する施策の強化こそが、いま求められているのではなかろうか。今回の農地法改正は、こうした地域での人々の努力を水泡に帰すことにしかならないように思う。

 

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