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浦部法穂の憲法時評

 

韓国メディア法改正


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2009年8月10日

 言論の自由をめぐって、韓国社会が揺れている。7月22日、韓国与党のハンナラ党は、野党議員の反対を押し切って、乱闘劇の中、「メディア法改正案」を強行採決して成立させた。韓国の国会は押しボタンによる採決の方式をとっているが、議長席で野党議員と揉み合っていて議席にいなかったはずの議員や欠席議員のボタンを与党議員が「代わりに」押すといった「代理投票」や、投票総数が定足数に足りず「否決」されたはずの法案を再投票で可決させるなどの国会法違反の事実もいわれており、韓国憲法裁判所は議決の有効性について調査する意向だとも伝えられている。

 問題の「メディア法改正案」は、「新聞法」、「放送法」、「IPTV(インターネット・マルチメディア放送)事業法」の3法の改正案であり、その最大のポイントは、大企業と新聞社の放送事業参入を認めるというところにある。韓国では、1980年、全斗煥軍事政権下で「放送の公営化」の名のもとに放送局の統合が行われ、放送局はKBSとMBCの2局に統合されると同時に、新聞や大手企業の放送事業参入が禁止された。その後、1991年に地上波放送局では唯一の民放としてSBSが開局したが、新聞・大企業の参入禁止は維持されてきた。今回の改正は、こうした軍事政権下の統制の名残を改め、自由化することによって地上波放送局を中心とするメディア市場独占をなくし、競争力あるメディア企業をつくり出してコンテンツを多様化させることが目的とされる。OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で新聞・放送の兼営を禁止しているのは韓国だけであり、こうした軍事政権下の統制の名残をなくすことで新たなチャンネルが登場し視聴者に多彩な番組を提供することが可能となるのであり、これによって真の放送民主化が可能になるのだ、というのが改正賛成派の言い分である。

 ところが、この改正案に対し、野党や放送局、全国言論労働組合などは「言論悪法」だとして猛反発し、放送局のプロデューサー、アナウンサーなども参加するストライキに発展した。それは、韓国においては、朝鮮日報、中央日報、東亜日報の三大新聞は李明博政権寄りであり、これに対し放送局はいずれも現政権に批判的とみられているからである。つまり、メディア法改正は政権寄りの三大新聞社や大財閥による放送局支配を狙ったもので、放送局による政権批判を封ずることを意図している、というわけである。昨年5月〜6月にかけて、韓国では米国産牛肉の輸入再開に抗議する「キャンドル・デモ」が大規模に行われ、李明博政権を窮地に立たせたが、このデモに大きな影響を与えたのが、狂牛病について取りあげたMBCの報道番組「PD手帳」であった。また、今年5月の盧武鉉前大統領の自殺をめぐっても、テレビは李明博政権に批判的だったといわれる。そして、くだんの「PD手帳」について、韓国検察は今年の6月、番組内容にねつ造・歪曲があったとして、番組制作スタッフを名誉毀損・業務妨害の容疑で起訴した。また、7月には、メディア法改正に反対してストライキを主導した言論労働組合委員長が逮捕されるなど、李明博政権は批判言論への締めつけを強めている。こうした中での「メディア法改正案」の強行採決は、まさに言論の自由の危機として受けとめられているのである。

 マス・メディアの独占・寡占体制は、言論の自由にとって好ましくないものである。言論の自由は、誰もが自由にものを言い情報を発信できることを保障するものであるが、そのことによって人々が多種・多様な意見や情報を受け取ることを保障するという意味をももっている。意見や情報の多様性が保障されてはじめて、私たちは問題を多面的に見ることができ正しい判断をすることができる。ある一つの意見や見方、あるいは一面的な情報しか与えられない場合には、人々の判断も一面的になり、そういう社会はやがてとんでもない方向に進んでいくことになろう。意見・情報の多様性の確保は、言論の自由を本当に意義あるものにするために、最大限追求されなければならない。そして、こんにちにおいて、意見・情報の「送り手」としてのマス・メディアの力は巨大である。インターネットが普及したといっても、なお新聞やテレビの影響力にはとうてい及ばない。そうした「送り手」としてのマス・メディアの独占化・集中化は、人々に大きな影響力をもつ意見や情報の偏りをもたらすこととなる。その意味で、新聞と放送の兼営禁止は、韓国においては軍事政権下の統制の名残という意味合いがあるとしても、意見・情報の多様性の確保という観点からは、一つのありうる選択肢であるといえる。

 日本においては、新聞と放送の兼営は禁止されていない。放送免許の基準として「三事業支配の禁止」(同一地域において新聞・テレビ・ラジオの三事業を支配することとなる場合には放送免許を与えない)というルールは一応あるが、新聞とテレビだけなら禁止の対象にはならないし、このルール自体も大都市圏においては適用が除外されている。その結果、日本の新聞と民放テレビ(とくにいわゆるキー局)は完全に系列化されており、新聞とテレビの間に報道機関としての競争関係はない。そのうえ、どの新聞もどのテレビも、ニュアンスの違い程度のものはあっても、報道内容はどこも似たり寄ったり、テレビは報道番組さえ娯楽化し、一方的な意見をタレントに語らせるというような番組が、ますます増えている。意見・情報の多様性は全く確保されていないといってよい。その結果、人々はメディアの指し示す一つの方向へ一斉に顔を向け、冷静な合理的判断ができなくなっている。これは、民主主義を自壊させかねない危険な兆候である。韓国では、メディア法改正をめぐって、言論の自由の意義とマス・メディアのあり方についての議論が熱くなっているが、日本でも、あるいは日本でこそ、もっと議論されてよい問題だと思う。

 

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