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浦部法穂の憲法時評

 

乱造・乱立


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2010年3月18日

 全国98番目の空港として「茨城空港」が開港した(3月11日)。あの「百里基地訴訟」で知られた航空自衛隊百里基地(百里飛行場)を、新滑走路や旅客施設などを整備して、民間共用飛行場とすることで出来上がった空港である。しかし、開港したものの、定期便はわずか2便しか決まっておらず、早くも「無駄な空港の代表」の座に据えられた格好となっている。そもそも、この狭い日本に98もの空港があること自体驚きである。その大半が当初の需要予測を大きく下回り赤字であるのも、これだけ乱造・乱立すれば当然であろう。目先の利害や見栄・メンツだけで、長期的な展望なしに事を進めてきた結果である。私の住んでいる関西でも、40km圏内に関空・伊丹・神戸の3空港が、まさに乱立しており、3空港のあり方や役割をめぐる議論も、それぞれの地域の思惑が絡んで、一致点を見いだせない状況にある。もともと、伊丹(大阪空港)は、騒音等の公害問題で、地元からは廃止が求められていた空港であるが、いまでは、地元は廃止反対を言っている。その伊丹の公害対策として夜間発着が禁止され、それに代わる24時間空港が必要だということで関空が作られたのであるが、これも、当初は神戸沖にという案もあったのを、神戸市が消極的な姿勢であったため、現在の泉州沖に作られたのであった。しかし、神戸市は、後になって、やはり空港が必要だとして神戸空港を作ったのである。そして、関空は利便性の悪さから巨額の赤字に苦しみ経営危機に陥っている。その関空を救うために伊丹を廃止せよとの声もあるが、伊丹は、全国でも数少ない黒字の優良空港であるから、これを廃止して赤字の関空を救うというのは、おかしな理屈になる。要するに、長期的な展望がないままの乱造・乱立なのである。

 さて、茨城空港開港の前日、日弁連の会長に、史上初の再投票の結果、宇都宮健児氏が当選した。宇都宮氏は「司法試験の合格者を毎年1500人程度に減らす」ことを掲げ、主に、東京・大阪以外の地方の弁護士会の支持を集めて当選したのであった。司法試験の合格者数については、いわゆる司法改革において、毎年3000人程度まで増やすこととされ、2007年以降は2000人超え(新・旧あわせて)となっており、この宇都宮氏の削減公約については、業界エゴであるとか司法改革への逆行であるなどと批判も強い。しかし、他方、司法試験に受かって修習を終えても就職先が見つからないという事態は実際に生じており、また、司法試験合格者やその母体となる法科大学院の質の低下などといったことも言われているのが現実であって、そもそも3000人という数値が、きちんとした需給予測にたった根拠のある数値であったのかどうか、ということから問われるべきである。

 もっとも、法科大学院の質の低下というのは、はたしてなにを根拠にそう言えるのか、疑問である。しばしば言われるのは、司法試験の合格率7〜8割という触れ込みでスタートしたのに実際は3割以下に落ち込んでいる、ということである(09年の新司法試験の受験者数に対する合格率は27.6%)。しかし、これは、法科大学院の質が落ちた結果ではない。法科大学院を作るときに、その数や学生数に限度を設けなかったことからの、必然的結果である。文科省は、いまになって、法科大学院の統廃合だとか学生定員の削減だとかを、各法科大学院に求めているが、ならば、最初から、法科大学院の数や学生数に限度を設けて設置認可の申請をさせるべきではなかったのか。われもわれもと、たしかな展望もないままに法科大学院を作った大学側にも大いに責任がある。ここにも、長期的な展望がないままの乱造・乱立の弊がみられるのである。

 私は、法科大学院自体がだめだとは思わない。私が5年間教えた名古屋大学法科大学院からも、現在法律家として立派に活躍している優秀な人材は何人も出ている。問題は、法科大学院と司法試験の関係のあり方について、依然として、一発勝負型司法試験重視の制度枠組みから抜け出ていない点である。「合格率7〜8割」ということが言われたのは、司法試験の比重をその程度のものにしなければ法科大学院がめざす本来の教育ができないから、そういう制度設計にすべきだ、という意味で言われたことである。法科大学院に来る学生は、法曹になるために来るのであるから、司法試験合格が当面の目標になることは当然である。だから、その試験が狭き門であればあるほど、学生は試験を意識した勉強に走らざるをえないこととなる。答案の書き方がどうだとか、こんな少数説は答案に書けないとか、およそ大学(まして、大学院)での勉強にはふさわしからぬ発想に陥りがちとなるわけである。これでは、博士号(法務博士)を出す教育機関としての本来の教育はできない。もちろん、すべての学生がそうだというわけではなく、とくに成績上位者のなかには受験対策ではない本来の勉強をしている学生も多いが、法科大学院の学生が、一発勝負の司法試験を意識することなく勉強に打ち込めるよう、法科大学院と司法試験の関係のあり方を抜本的に見直す必要がある。それなしでの3000人は、自分の頭で考えられないマニュアル志向の合格者を増やすだけになろう。

 

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