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浦部法穂の憲法時評

 

憲法を知らない裁判官


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2010年5月20日

 2005年の衆議院議員総選挙の際に日本共産党の「しんぶん赤旗・号外」を集合住宅の郵便受けに配布した厚生労働省課長補佐(当時)が国家公務員法違反(政治的行為の禁止)として起訴された事件で、東京高裁(出田孝一裁判長)は、5月13日、求刑どおり被告人を罰金10万円の有罪とした1審東京地裁判決(2008年9月19日)を支持し、控訴を棄却する判決を言い渡した。今年の3月29日には、社会保険庁職員の同種の行為について無罪とする判決が東京高裁(中山隆夫裁判長)で出されたが、同じような事案で、それとは正反対の判決が同じ東京高裁によって出されたのである。

 同じ裁判所で正反対の判決が出されるというのは、おかしな話だと言えなくもない。どの裁判官にあたるかで有罪になったり無罪になったりするというのでは、結局、「人」次第で有罪・無罪が決まることになり、それでは「法の支配」ではなく「人の支配」ではないのか、という疑問もあり得よう。ただ、同じ裁判所といっても、たとえば東京高裁には、民事が20部、刑事が12部、特別部が5部の裁判部門が置かれており、このそれぞれの部が、裁判体としては独立の裁判所なのである。つまり、それぞれの部が、他からの干渉・介入を受けずに独立して裁判を行なうのであって、それが「司法権の独立」の意味なのである。だから、担当裁判官によって結論が反対になるということも、それだけを取りあげてみれば、ありうる話だといえる。

 もちろん、独立して裁判を行なうといっても、裁判官が自分の個人的な思想や感覚で裁判をしていいということではない。憲法76条3項は、裁判官は「憲法及び法律にのみ拘束される」といっている。つまり、裁判官は、憲法と法律(条約や条例なども含む)に従って裁判を行なうべきであり、また、それのみに拘束されそれ以外のものに縛られてはならない、ということである。結論が分かれることもありうるというのは、憲法や法律の条文は多くの場合一般的・抽象的な規定となっているから、具体的な事案にあてはめたときに解釈に幅を生じうるからである。

 問題は、具体的な事件の裁判にあたってそれぞれの裁判官(裁判所)がとった憲法や法律の解釈が理論的な吟味に耐えうるようなものかどうか、である。裁判官は法律の専門家であるから、当然法律理論にも精通しており、その行う解釈は理論的にきちんとした根拠に基づいたものであるはずだ、ということになりそうだが、現実は、必ずしもそうではない。とくに、憲法については、ほとんどの裁判官は、とても専門家といえるようなレベルにはないといっても過言ではない。実際、私は、個人的に、「憲法は司法試験受験のときに勉強したきりで…」と(さほど恥じる風でもなく)語る裁判官に、何人もお目にかかった経験がある。ある訴訟で、私がいわゆる学者証人として憲法問題について証言を求められたとき、裁判長が冒頭に「われわれは素人ですから、わかりやすくお願いします」と言ったこともあった。

 みずから「素人」だと言ったこの裁判長は、正直な人だったと思う(その言葉が一種の「社交辞令」であったにせよ)。裁判官は、じつに多忙であって、勉強している時間など、ほとんどないであろう。とくに憲法が問題になるような事件を担当することは稀であろうから、とても憲法の勉強にまでは手が回らないであろう。だから、司法試験受験のとき以来憲法の勉強をしたことがないというのも、無理からぬところがある。そういう意味で、裁判官は憲法については「素人」なのである。だとすれば、専門家の意見を十分に聞いて、それを踏まえたうえで判決を書くべきである。専門家の意見も聞かずに「素人」である裁判官が自分の勝手な思い込みで憲法を解釈するのは、裁判官の独断である。「司法権の独立」は、決して裁判官の独断を許すものではあり得ない。裁判官がその自覚をもたない場合には、それこそ「法の支配」ではなく「人の支配」になってしまう。

 さて、5月13日の出田裁判長の判決は、憲法論としてとても理論的に耐えうるものではない。司法試験でこんな答案を書いたら、間違いなく不合格点である。出田裁判長は、弁護側が申請した憲法学者や公務員制度に詳しい学者などの証人申請をすべて却下した。つまり、専門家の意見をまったく聞こうとせず、「素人」の独断で、司法試験合格レベルにも達しないような内容の判決を書いたのである。一方、3月29日に無罪判決を出した中山裁判長は、何人かの専門家を証人として採用していた。どちらの判決が正当かは、この1点だけからでも明白である。司法試験の答案なら、不勉強のままでどんな答案を書こうが、自分が不合格になるだけで他人に迷惑を及ぼさないが、判決となれば、そうはいかない。裁判官は、たとえ法律問題に関してであっても、「驕り」を捨てて、もっと謙虚になるべきである。


 

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