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浦部法穂の憲法時評

 

領土問題


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2010年10月21日

 9月に尖閣諸島沖で起きた「中国漁船衝突事件」をめぐって、日中双方で「領土を守れ」といった世論がヒートアップしている。日本の側の問題としては、「尖閣諸島は我が国固有の領土であり、領土問題は存在しない」という「外交音痴」的強硬姿勢を示しながら、中国の強固な反発におたおたして中途半端なところで船長を釈放したことで、中国との関係修復もままならず国内では「弱腰外交」の批判を浴びることとなった菅政権の対応の稚拙さが指摘できよう。かつて、1960年代に、日本が「固有の領土」と主張している「北方領土」に関して、かの地を実効支配しているソ連が「領土問題は存在しない」との立場を表明したことに、日本側が強く反発したように、実効支配している側が「領土問題は存在しない」などという問答無用的な強硬姿勢を示すならば相手側を刺激し反発を招く、ということくらいは、みずからの経験上も容易にわかりそうなものなのに。一方、中国側は、国内の矛盾の拡大に伴う不満のはけ口として反日感情をあおり利用しているのであろうが、そのやり方も、決して賢い外交とは言い難い。領土問題というのは、まかりまちがえば引くに引けない全面対決という局面に到りかねないものであり、どちらの政府も、国内向けの威勢のいいことばかりを言っていたら、取り返しのつかない事態になる危険性がある。

 そもそも「固有の領土」とは、いったい何なのであろうか。尖閣諸島も「北方領土」も、あるいは韓国との間で争いのある「竹島」も、それぞれが自国の「固有の領土」だといい、それぞれにとって都合の良い歴史的ないきさつを持ち出してその根拠としている。しかし、歴史地図を見れば明らかなとおり、国の版図は時代時代で大きく変わっている。だから、歴史的ないきさつということで言えば、「固有の領土」ということの意味は、歴史の都合の良い瞬間を切り取っただけの、きわめて根拠薄弱なものでしかないのである。たとえば、沖縄は、1872年からのいわゆる「琉球処分」によって日本に強制併合されるまでは、「琉球王国」という別の国だったのであり、この日本の措置に対して当時の清朝は、琉球王国は古来中華帝国に服属していたという理由で、琉球の領有権を主張してきた。そういういきさつからは、はたして沖縄を日本の「固有の領土」だと言えるのか、疑問の余地が出てくるであろう。あるいは、北海道も、長らく「蝦夷地」とされていたものを明治政府が「開拓」の推進によってアイヌの人々から収奪したものだ、という見方もできるから、その見地からは、やはり、「固有の領土」という表現にはなじみにくいこととなろう。もちろん、こんにち沖縄や北海道が日本の領土であることは間違いないし争いもないが(そういう意味において、もはや日本の「固有の領土」である、と言うことはできよう)、しかし、それらに付属ないし隣接する尖閣諸島や「北方領土」については、その領有に争いがある以上、「固有の領土」だという主張はどちら側も一層「ご都合主義的」にならざるをえず、互いにそのような主張をぶつけ合っていては、いつまでたっても解決策は見出せないであろう。もちろん、私は、日本の「固有の領土」の主張だけが「ご都合主義的」だと言っているのではない。具体的な例を逐一挙げる余裕はないが、中国もロシアも、その点ではまったく同じである。そもそも国の「領土」なるものは、歴史的な経緯からいえば、多かれ少なかれ「誰かから奪った」という要素の付きまとったものなのだから。

 もともと、一国の排他的主権が及ぶ領域という意味での領土という概念は、近代の「国民国家」のもとではじめて成立したものである。その歴史は、長く見積もってもせいぜい200年ほどでしかない。そして、それが未来永劫維持されうるもの(あるいは維持すべきもの)ではないということは、「国民国家」という枠組みを作り出した元祖というべきヨーロッパにおいて、EUという形でその枠組みが大きく相対化されていることからも、もはや明白なことである。とすれば、いつまでも頑なに「国民国家」の枠組みにとらわれて、「ウチの領土だ」、「いや、ウチのものだ」と争っているのは、愚かなことである。もはや限界の明らかになっている「国民国家」の枠組みを離れて知恵を出せば、解決方法はいくらでもみえてくるはずであり、また、そういう知恵を出さなければ領土問題は解決できないと思う。

 いわゆる「北方領土」についていえば、現にそこに住んでいる人々はほとんどがロシア人である。だから、かりに日本の要求どおり「北方四島」が返還されたとして(これにはロシアは応じないであろうが)、あるいは1956年の「日ソ共同宣言」に従って歯舞、色丹の「二島返還」が実現したとして、そこに住んでいるロシア人をどう処遇するのかという問題が出てくることになる。日本領の「ロシア人自治区」のようなものを認めるのかどうかなど、そこまで考えたうえでの「返還要求」でなければ、現実的な意味をもたないであろう。まさに知恵が必要なゆえんである。一方、尖閣諸島や「竹島」には人は住んでいないし人が住めるような島でもなさそうだから、ここでは「領土」そのものというよりも主として海洋資源・海底資源が問題となる。とすれば、たとえば、「領土」については、共同主権を認めるとか、あるいは実効支配の現状を相互に承認し、そのうえで、海洋資源・海底資源の共同利用・開発の協定を結ぶ、といった解決策も考えられるのではなかろうか。いたずらに「対立」を煽る浅薄な政治家やマスコミにのせられて「熱く」なっていては、出る知恵も出なくなってしまうというものである。


 

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