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浦部法穂の憲法時評

 

法律と予算


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年3月3日

 来年度予算案が3月1日に衆議院を通過した。これで、来年度予算の年度内成立が確実になった。参議院が、衆議院の議決と異なる議決(たとえば、否決)をした場合で両院協議会を開いても意見が一致しなかったときや、衆議院で可決された予算案を受け取ってから30日以内に議決しなかった場合には、衆議院の議決だけで予算は成立することになっているからである(憲法60条2項)。通常の法律案の場合には、衆議院が可決したものを参議院が否決したような場合には、それを通すためには衆議院で3分の2以上の多数による再議決が必要とされるが(憲法59条2項)、予算の場合には再議決の必要はなく、最初の衆議院の議決だけで成立するわけである。いわゆる「衆議院の優越」が、予算の場合にはより強く認められているのである。

 ここで、いまいろいろとマスコミを賑わせている問題が出てくることになる。いまの国会はいわゆる「ねじれ国会」で、与党は、衆議院では過半数を占めていても参議院では過半数の議席をもっていない。また、衆議院で3分の2以上の議席をもっているわけでもない。となると、衆議院の議決だけでも成立させうる予算は、野党が反対しても与党の賛成多数で通すことはできるが、予算執行の根拠となるべき法律は、衆議院の再議決に必要な議席を与党がもっていない以上、野党がどこまでも反対すれば通すことはできない、ということになる。つまり、予算は成立してもその執行の根拠となる法律が成立しないために、予算を執行することができない、という事態が生じうるということである。だから、野党側は、予算と関連法案を切り離して予算案だけを先に審議・採決するという政府・与党のやり方を非難しているのである。

 予算執行の根拠となる法律が成立しないために予算の執行ができない、ということになったら、そんな予算は予算としての意味をもたないものとなろう。とくに今回大きな問題になると予想されるのは、特例公債法案である。政府の来年度予算案では、一般会計の総額92兆円のうち44兆円が国債発行による借金でまかなわれることになっている。しかし、財政法は国債発行を原則として禁止し、例外的に公共事業費などにかぎり国債発行(いわゆる建設国債)を認めるという立場をとっている(財政法4条)。つまり、社会資本として残るもの以外には、単なる赤字埋め合わせのための国債発行(いわゆる赤字国債)は認めていないのである。そのため、政府は、毎年度、一年かぎりの特例法(「特例公債法」)を成立させて赤字国債を発行してきた。来年度予算案では、予定されている国債発行44兆円のうち建設国債は6兆円であり残り38兆円が赤字国債であるから、もし特例公債法が成立しないということになれば、予算総額の4割強の額が歳入不足で執行できないことになる。

 万一そんなことになったら、国民生活への影響の深刻さは計り知れない。成算の見通しもないままにごり押しする政府・与党も、4月の統一地方選への影響ということだけから対決姿勢を強める野党も、国民のことはまったく眼中になく自分たちの目先の利己的な利益だけしか考えていない、といわざるをえない。選挙に勝つことや権力の座にすわることしか頭にない日本の「政治屋」たちには、国民の利益のためにどうすべきかを考えろと言ってみても、所詮かなわぬ要求なのかもしれない。

 さて、今回問題が顕在化することになるかもしれない「法律と予算の不一致」という問題については、憲法学では昔から、理論的可能性としてはありうる問題として議論されてきた。憲法が、法律と予算とで異なった成立要件を定めている以上、それは、理論的には起こりうる問題だからである。しかし、責任ある政治が行われるかぎり、現実にはそういう問題が生ずることは考えにくい、というのが、これまでの憲法学の普通の考え方だったように思う。とくに、予算の作成・提出権をもつ内閣は、「法律と予算の不一致」という事態が生じないよう格別の配慮をもって予算の作成・提出をすべき義務・責任を負っているというべきである。とにかく予算だけ通してしまおうという今回の菅内閣のやり方は、無責任というほかない。

 ちなみに、外国ではどうかというと、たとえば、アメリカの場合、国の歳入・歳出はすべて法律によって定められることとなっており、日本のように法律とは別の予算という形で定められることにはなっていないから、「法律と予算の不一致」という問題は生じようがない(アメリカ合衆国憲法第1条第7節1項、同第9節7項)。ドイツでも、予算は「予算法律」によって確定されるものとされており(ドイツ基本法第110条2項)、予算は法律という形で定められるから、やはり不一致の問題は生じない。日本では、旧憲法以来、法律とは区別された予算という特別の形式で国の歳入・歳出を定める、という制度がとられ、現在もそれが踏襲されているが、日本国憲法がこうした旧来の制度を当然に前提にしているかどうかは、再検討の余地はあろう。ともあれ、行政も財政も国会の議決にもとづいて行われるというのが憲法の大原則であるから、「法律と予算の不一致」という問題は生じないようにするのが、責任ある政府および国会としての政治道義上の義務である。そういう意味で、予算案と関連法案は、やはり一体として審議・採決されなければならないものとすべきである。

 

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