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浦部法穂の憲法時評

 

「なでしこジャパン」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年7月21日

 ドイツで行われていたサッカー女子ワールドカップで、日本代表「なでしこジャパン」が世界ランキング1位のアメリカを破り優勝した。これまでアメリカには一度も勝ったことがないというが、そのアメリカ相手に、一度ならず二度までも追いついてPK戦に持ち込んでの勝利は、見事であった。このところ、世の中は腹の立つことや文句を言いたいことばかりで、この「憲法時評」でもそんなトピックばかりを取りあげてきたような気がするが、久しぶりに心の晴れる話題である。「なでしこジャパン」という呼び方は、私はあまり好きになれないが、個人的な好みの問題なので、この際、それは置いておいて、素直に喜びたいと思う。

 ワールドカップとか世界選手権とかオリンピックなどといったスポーツ競技の世界大会では、自国の選手やチームが勝つと、たいていの人は嬉しい気持ちになる。私も、その一人である。だが、なぜそういう気持ちになるのであろうか。そんなこと、「なぜ」などと問うのは無粋・愚問もいいところで、当然のことだろう、と思われるかもしれない。しかし、「なでしこジャパン」の優勝に歓喜する人々の大部分は、選手や監督などチームの人たちとはまったくの「赤の他人」であろう。澤選手や宮間選手たちと会ったことも話したこともなく、そればかりか、日頃からこの選手たちの「ファン」としてずっと応援してきたというわけでもない、という人でも(かくいう私も、その一人なのだが)、ワールドカップで優勝したことを大喜びする、というのは、よくよく考えてみれば不思議な話というべきではなかろうか。

 ここに、実は、近代「国民国家」(nation state)の「魔術」がみられる。「なでしこジャパン」の優勝に、チームの面々とは「赤の他人」の多くの人が歓喜するのは、日本人だから、日本チームだから、という理由だけであろう。つまり、自分と同じ日本人であり自分の属する日本という国の代表チームだという意識が、見ず知らずの人たちの優勝を我がことのように喜ばせるのである。それは、自分の家族や親しい友人・知人の活躍・勝利を喜ぶ心情とは、明らかに違う。「なでしこジャパン」と私たち(の大多数)を結びつけているのは、「日本人」ということだけであり、ただそれだけで、顔も名前も人柄もよく知らないのに「同じ仲間」として意識されることになるのである。それがまさに"nation"なのである(日本語では、「国民」とも「民族」とも訳される)。つまり、nationというのは、個々の「人」の結びつきではなく、「○○人」ということだけで結びついている共同体である。それは、具体的な顔の見える共同体ではなく、「自分は○○人だ」という人々の意識のみによって支えられている観念上の共同体である。多くの日本人が「なでしこジャパン」の優勝を我がことのように喜ぶのは、この観念上の共同体を、人々が自明の存在と思い込んでいるからにほかならない。

 そういう意識を人々に植え付けてきたのが、近代の「国民国家」(nation state)である。近代国民国家は、それまでの絶対君主による専制を排し、国民を主権者とし、国民の権利・自由の保護を国家の第一義的な役割とした。そして、そのために、国家権力を制限する法としての「憲法」というものを生み出した。いわば、国民が主人公の国民のための国家である、という建前を掲げて支配の正当性を調達しているのが「国民国家」なのである。そういう国家を作るうえで一番重要なことは、人々を「国民」(=nation)として統合することである。そのために、「国民国家」の権力者たちは、歴史や伝統や言語や、あるいはその他いろいろなシンボルを動員して、人々に「自分は○○人だ」という意識を植え込んでいった。こんにち、私たちが「自分は○○人だ」と当然のように思っているのは、その結果である。「○○人」意識は、いってみれば権力の「仕掛け」に人々がまんまと乗せられていることを示すものだといえる。にもかかわらず、人々に「乗せられている」と感じさせることなく当然のこととしてそれを受け入れさせているところに、「国民国家」の「魔術」がある。

そう考えると、「なでしこジャパン」の優勝を無邪気に喜んでいていいのか、とも思えるが、そこまで堅苦しく考えたのでは何も楽しめないだろうから、「なでしこジャパン」の優勝は素直に喜べばいいと、私も思う。ただ、このnationという観念上の共同体は、あるいは、「自分は○○人だ」という人々の意識は、場合によっては、「国」や「国民」を守るために命を投げ出すことさえいとわない「同胞愛」や「愛国心」を人々に抱かせ、戦争遂行の大きな力となる。実際、近代国民国家は、人々を圧政から解放し権利・自由の保障を確立した反面、普通の国民を戦争にかり出すための装置として機能してきた。「○○人」意識がワールドカップやオリンピックなどの場面だけであらわれるのなら、小難しいことをあれこれ言う必要もなかろうが、何ごとにつけあらわれてくるようになったなら要注意である。「なでしこジャパン」の優勝を素直に喜びつつも、そういう警戒だけは怠ってはならないと思う。

 

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