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浦部法穂の憲法時評

 

いまに始まったことではない「やらせ」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年8月4日

 九州電力が6月26日に予定されていた玄海原発2・3号機の運転再開をめぐる国主催の佐賀県民向け説明会(ケーブルテレビとインターネットの番組として生中継され、視聴者からの質問・意見も電子メールやFAXで同時に受付)に向けて、自社や主要関連会社の社員に対し、一般市民を装って運転再開に賛同する意見を番組宛てに電子メール等で投稿するよう指示していたことが、7月上旬に明らかになったが、これをきっかけに、あっちでもこっちでも、「やらせ」や動員の実態が、次々と明るみに出た。九電の「やらせ」は、九電から手厚い支援を受けてきた古川・佐賀県知事が九電幹部との面談で、再稼働容認の声をメールなどの方法で出していくことも必要だ、などと述べたことがきっかけになったことも、つい最近明かされ、九電の判断というよりは知事の指示による「やらせ」だった疑いが強くなっている。

 また、九電の「やらせ」問題をうけて経産省が電力各社に住民シンポなどで同様の「やらせ」がなかったかの調査を求めたところ、中部電力や四国電力のプルサーマル計画に関するシンポジウムで、ほかならぬ経産省に属する「原子力安全保安院」が、住民に肯定的な発言をしてもらうように計らって欲しい旨の要請を電力会社にしていたことが明らかになった。原発を監視し安全性を厳しくチェックすべき立場にある役所が、原発反対の世論を恐れて原発推進のための「やらせ」を求めていたというのでは、現在進行中の福島の問題でも、保安院は原発反対の世論が高まるのを恐れて本当のことを言っていないのではないか、との疑心暗鬼を国民に抱かせることにならざるをえない。ほかにも、原発関係の公聴会や説明会・シンポジウム等で電力会社が社員を大挙動員したり「理解ある住民」に発言を依頼したり、といった例は、東京電力、中国電力などでも明らかにされている。まさに、官・民ぐるみの、「やらせ」や動員の常態化である。

 ことは、しかし、原発がらみの問題にとどまらない。記憶に新しいところでは、小泉内閣当時の2001年から2006年にかけて行われた「タウンミーティング」で、内閣府が政府の側に都合のいい発言を参加者に依頼したり(一部では謝礼まで支払って)、参加者を抽選で選ぶ際に都合の悪い発言をしそうな人をあらかじめ排除して抽選をしたり、といった「不正」があちこちで行われた。また、国や地方自治体が職員を大量動員していたケースも多数にのぼった。この「タウンミーティング」は、表向きの建前としては、内閣の閣僚等が内閣の重要課題について広く国民から意見を聞き、また、国民に直接語りかけることによって、内閣と国民との対話を促進することを目的として行われたものであった。したがって、発言依頼などの「やらせ」や動員、あるいは不都合な人物の排除は、この建前に明らかに反するものであり、政府も、これらのことがタウンミーティング本来の趣旨目的に反するものだと、公式に認めざるをえなかった(2006年12月の「タウンミーティング調査委員会報告書」)。

 公聴会や住民説明会・シンポジウム等も、やはり、住民の生の声を事業や政策に反映させるために行われるものである。少なくとも、建前上は。だから、今回明らかになったような「やらせ」や動員などは、住民説明会等の本来の意義を失わせるものであることはいうまでもない。「タウンミーティング」のときと同じようなことが、原発関連の説明会等でも行われていたわけである。つまり、公聴会や説明会等は、国民・住民の意見を聞くと称して実は政府に都合のいい意見を出させ、それがあたかも国民・住民の多数意見であるかのように工作することで、当該事業や政策の遂行を正当化する、そのための道具としてしか意識されていないのである。今回、たまたま九電の「やらせ」が内部告発によって明るみに出、そこから原発関連の同種事例が次々明らかになったが、ほかでも、明るみに出ていないだけで、実態は似たり寄ったりだと思う。要は、公聴会でも説明会でも、あるいは審議会等もそうだが、そういう類のものは全面的に信用してはいけない、ということである。そういう場で、たとえば、賛成意見が7で反対意見が3くらいの割合だったとしたら、国民・住民の間での実際の意見分布はその逆の数字だ、というくらいに思っていた方がよいのではないか。

 今回の「やらせ」問題で、役所がけしからん、電力会社がけしからん、国民を愚弄している、など、怒りの声があがっている。その怒りは、健全な怒りだと思う。だが、つらつら考えてみると、たとえば、労働組合が集会などに組合員を動員するとか、市民団体などの集会でも主催者側の見解と正面から対立するような意見が出されることはまずないとか、数あわせや「仲間うち」の議論だけを求めるという傾向は、どこでもみられる。もちろん、国や電力会社等による上記のような行為とは、実際上の意味も影響の大きさも全然違うから、同列に論じるつもりはない。また、労働組合の動員や市民団体の集会で反対意見が出ないことは、公聴会等での「やらせ」や動員などとは違って、別に「不正」でもなんでもない。だが、あえていえば、そこには、反対意見との対論の作法をわきまえていない、という共通点があるように思う。反対意見とも正面から向き合い対話をして、お互いとり入れるべき点があればとり入れ、相手を説得し合意形成を図る、というのが、本物の民主主義のあり方だといえる。そういう本物の民主主義が機能しているならば、「やらせ」や動員など恥ずかしくてできないということになるはずである。反対意見と面と向き合うことは、決して心地よいことではないから、それは、言葉で言うほど簡単なことではないが、そうではあっても、つねにそのことを意識していることが重要だと思う。

 

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