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浦部法穂の憲法時評

 

円高


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年8月25日

 アメリカやユーロ圏の国々の財政危機と景気減速への懸念から、外国為替市場での円高が進み、8月19日のニューヨーク市場では、一時1ドル=75円95銭という史上最高値を付けた。このような超円高は、輸出中心の日本企業の採算を大きく悪化させ、日本経済に深刻な悪影響を及ぼす。東日本大震災からの復興に向けて経済が活力を取り戻さなければならない時期に、この円高はこたえる。——というように、円高は、今回にかぎらずこれまでもずっと、日本にとってはもっぱら暗いニュースとして報道されている。

 それにしても、素人の目にはわからないことだらけである。国の財政赤字が危機的な状態だからドルやユーロが下がるというのなら、なぜ円が高くなるのか?日本だって、アメリカやEU諸国に負けず劣らず、巨大な財政赤字を抱えている。景気回復が進まないことも、日・米・欧どこも同じである。そればかりか、日本は、震災と原発事故という、米・欧にはない景気へのマイナス要因をかかえている。そんな日本の通貨がなぜ買われるのか?円がドルやユーロよりも相対的に安全な資産とみられているからだとか、日本が経常収支では巨額の黒字を出しているからだとか、いろいろなことが言われるが、それらは全然理由にならないという人もいたりで、どの説明が正しいのか、素人には判断がつかない。専門家と称する人たちのあいだでも、人によって言うことが全然ばらばらという状況であるから、たぶん専門家にも本当のところはよくわからないのではないか。

 こういうように、わけのわからない円高が進むのは、結局のところ、外国為替市場というものが、あるいはそもそも市場一般が、売り手と買い手のあいだで財やサービスの交換が行われる場というよりも、賭博の場となっているからではないか、という気がする。いまや、市場とはそれらしく見えないような仕掛けをいろいろ施した賭場だ、というべきもののように思う。たとえば、いわゆる金融デリバティブ商品といわれるものの中には、何か月か先の株価指数(TOPIXとか日経平均株価など)を売り買いする「商品」がある。株価指数自体は何の経済的価値も持たないもので、本来売り買いの対象になるようなものではない。日経平均株価が1万円だからといって、それを1万円で買いましょうなどという人は絶対いない。しかし、たとえば1か月先の日経平均株価がいくらになっているかを賭けるというような形で、賭けの対象にすることはできる。だから、株価指数の売買は賭博としてしか成り立ちえないものなのである。こういうものが「商品」として成り立つのは、いまの金融市場が賭場そのものと化しているからだといえるのではなかろうか。

 その、賭場と化した市場が、実体経済に大きな影響を与え、私たちの生活を左右しているわけである。博打なんかとは縁のない真面目な生活をしていても博打に巻き込まれているのである。昨今は、何ごとも市場の決定が万能といわんばかりの「市場原理主義」的言説が勢いを得ているが、市場の実態が賭場でしかないとしても、それでもこうした言説に納得できる部分を、はたして私たちは見出しうるであろうか?

 しかし、悲しいことに、私たちは市場に身を委ねて生きて行かざるをえない。前記のようないかがわしい賭博商品の開発を、「金融工学」などと、いかにも高度な「学問」であるかのようにもてはやすことはやめて、健全な市場を取り戻すべく一定の規制を考えていく必要は大いにあるが、市場そのものを否定することは簡単な話ではないからである。そうだとすれば、日本経済にとって必要なことは、賭博師たちの思惑につぶされてしまわないだけの体力と気概を持つことではないかと思う。円高で悲鳴をあげてお手上げ、ではなく、たとえば、円高ドル安ならそれを利用してアメリカの企業をどんどん買収する、くらいのことをすれば、アメリカ側も防衛のために円高を阻止しようとするだろうから、円を吊り上げて一儲けしようという賭博師たちの思惑は狂うことになるだろう。あるいは、輸出中心の、それもアメリカの過剰消費に頼った輸出中心の産業構造を変えて、内需をもっと重視し輸出もアメリカ以外の地域に重点を移すといった方向に、個別企業の行動だけでなく国の政策としても、転換するならば、円が下がった上がったで一喜一憂する必要もなくなるのではないか。いわば、経済の体質改善である。

 私は、経済については専門家ではないので、具体的にどうしたらよいかはわからない。だが、円高=企業の採算悪化=景気後退=国民生活の困窮というワン・パターンの「公式」をどこかで変えないと、賭博師たちの思惑に私たちの生活が振り回され、振り回されるだけでなく脅かされもする、という人権侵害状況がずっと繰り返されることになる。この「公式」上のどこかの「=」を「≠」に変えることができれば、人々が生活困窮に陥るといった人権侵害状況を招かずに済むのだが、たぶん後ろのほうの「=」ほど「≠」に変えるのは難しいことになろう。とすれば、いちばん最初の「=」が成り立たないようにする方策を考えるのが最も現実的ではないかと思うのである。

いま現在の超円高はいずれ落ち着くだろうとは思うが、円高のトレンド自体は変わらないともいわれる。上記のような経済の体質改善が必要だということは、ずっといわれていることだが、いっこうに「改善」の兆しは見えない。ここは政治の出番であり、いまこそ本気で取り組まれるべき課題である。その際には、一人ひとりの人の人間らしい生活を守るという視点をつねにいちばん基礎に置いて具体策を検討すべきである。企業活動の便宜や利益を図ることも必要になってくるだろうが、人々の人間らしい生活を守るという視点をもたずに企業活動の便宜・利益ということだけしか視野に入っていないと、企業の利益は増えたが人々の生活困窮は全然解決されないということになりかねないからである。


 

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