法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

浦部法穂の憲法時評

 

韓国の「大学構造改革」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年11月3日

 韓国の「大学修学能力試験」は、毎年11月中の木曜日に行われるということで、今年は11月10日に行われる。日本のセンター試験と同じ大学共通入試だが、韓国の場合は、国公私立を問わず4年制大学の志願者全員がこの試験を受けなければならない。2次試験を課す大学もあるが、そのほとんどは面接や小論文程度のものなので、事実上この試験の結果しだいで行ける大学が決まり、高卒以後の人生が決まるといわれている。韓国は、大学進学率が80%を超える「超高学歴」社会であり、今年の「大学修学能力試験」の受験者は72万人を超えるという(日本のセンター試験の受験者は、昨年度で約56万人。ちなみに、韓国の人口はだいたい日本の半分)。それだけに、この「修能(スヌン)」は国民的一大イベントであり、試験当日は、受験生が交通渋滞に巻き込まれるのを避けるため会社や学校などの始業時間を1時間遅らせたり、遅刻しそうな受験生をパトカーが試験場まで運んだり、ヒアリングの試験が行われる時間には試験場周辺は徐行・警笛禁止などの規制が行われ飛行機の発着も調整されるなど、まさに国を挙げてのバックアップ体制がとられる。

 その韓国で、教育科学技術部(日本の文部科学省に相当)が、国内346の大学(2年制専門大学を含む)のうち43大学(4年制大学28校、2年制専門大学15校)について、政府の財政支援対象から外すことを決めたという(9月)。定員充足率や就職率など8つの指標で大学を評価し、点数の低い順から43大学が財政支援打ち切りの対象として指定されたというわけである。これらの大学は、今後、自助努力によって状況を改善できなければ、認可取り消し、大学閉鎖に至るとされる。これらはいずれも私立大学だが、国立大学についても、教育科学技術部は、同様の評価に基づき、全国38国立大のうち5校を「構造改革重点推進国立大」に指定し、総長直選制廃止など運営構造の改善、学科統廃合・改編、大学間統廃合などの「構造改革」を求め、1年程度内に履行されなければ入学定員の削減や予算減額などの措置を行う、とする。対象とされた私立43大学のうちの32大学、そして国立5大学すべてが、地方の大学である。

 韓国では、1995年の教育改革法以降、規制緩和が急速に進み、大学設置要件が大幅に緩和されたことによって、96年以後大学の数が急増した。これによって国民の高い進学熱に応えてきたわけであるが、大学数そして大学生数の急増は、当然のことながら、その「質」という点では、水準低下をもたらすこととならざるをえない。その結果、大学を卒業したものの就職できないという若者が大量に出現することとなった。一方で、韓国は、日本以上に少子化の傾向が顕著であり、大学進学年齢の人口(高校卒業予定者数)は今後どんどん減少していく。すでに、2003年には大学の入学定員が高校卒業予定者数を上回るという「大学全入時代」に突入しており、その結果、地方大学や専門大学を中心に、入学者を確保できず経営難に陥るケースが出てきて、大学の質の低下がますます懸念されることとなった。国民の側からしてみれば、高い授業料を取るだけ取って就職もできないような大学はない方がましだ、そんな大学に財政支援をして生きながらえさせるのは社会的な無駄だ、それよりも質の高い大学に集中投資することで高等教育の充実を図るほうがいい、ということになるのは、無理もなかろう。

 そういう国民のあいだの「空気」を読んで、政府は、大学の「整理」に着手したわけである。評価結果の下位15%を「構造改革」(「整理」)の対象にするという基準のもとに名指しされたのが、上記の私立43大学と国立5大学であった。その中には法人理事による横領など不正行為がはびこっている大学もあるようだが、他方、伝統も知名度もある地方大学も含まれており、また、国立5大学は、定員充足率や就職率といった指標で全大学の平均と同等の数字であったにもかかわらず対象にされており、政府が15%という数字に固執した結果、地方大学を枯渇させようとしている、とする批判もある。とくに、国立5大学については、総長直選制の廃止が求められており、直選制廃止に同意しなかった大学を狙い撃ちにしたという側面も透けて見える。

 こうしてみると、韓国の「大学構造改革」は、大学のあり方という点で大きな問題を抱えているといえる。大学運営に公権力が介入することで、とくに地方の高等教育基盤が崩壊の危機に直面し、また、画一的な評価指標で大学が評価される結果、特色ある大学が低い評価を受けて生き残れなくなるなどの問題が出てきているようにみえるのである。「大学の自治」ということが社交辞令的にさえいわれなくなってしまった結果ではないかという気がする。これは、日本の大学にとっても無縁の話ではない。日本でも、2004年の国立大学「法人化」以後、高等教育への財政支援は「選択と集中」の方向へ急速に傾斜しており、大学は、運営資金や研究資金を獲得するために、その前提となる「大学評価」の点数を上げることに汲々としている。大学の主体性よりも「評価」をクリアすることのほうが重視される結果、「大学の自治」はもはや実際上何の実体ももたないものになっている。日本では、韓国のような荒療治は行われないだろうとは思うが(韓国でも、実際に廃校というようなことがどこまで行われるか疑問視する見方もあるようだが)、政府が強権を発動しない代わりに、「兵糧攻め」でじわじわと大学が追い詰められて、同じような状況になっているのではないかと思う。

 大学を評価すべきでないというつもりはない。しかし、学問と教育の意義、そしてそれを担う中枢機関としての大学の意義に照らせば、その評価は多面的・複眼的でなければならない。一見役立ちそうにない無意味なものに見える研究も、長い目で見れば大きな意味をもつということもあるし、教育の成果は今日・明日に見えるようなものではない。そういうものを、制度的に、5年や6年の短期間で、一つの基準のもとに評価しようというのが、どだい無理な話である。大学評価を制度化するのではなく、大学の主体性を最大限に発揮できるようにしてその評価は社会に委ねるというのが、大学には最も適しているのではないか。もちろん、なかには大学という名に値しないような大学もある。そういう大学を「整理」するのは当然だともみえるが、その結果「まともな大学」を変なふうに歪めてしまったのでは本末転倒である。「大学の自治」という言葉は、いまではほとんど死語になっているが、これを死語のままにしておいていいのかどうか、韓国のとりくみをいわば反面教師として、いまいちど考えてみる必要があるように思う。




 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]