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浦部法穂の憲法時評

 

度が過ぎる対米従属


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年11月17日

 ハワイで開かれたAPEC首脳会議で、野田首相は、与党民主党内からさえも異論が噴出しているTPP交渉への参加を表明した。TPPについては、昨年11月18日付の本欄でも、農業・食糧問題に的を絞って少し触れたが、アメリカが本腰を入れてこれを主導してきたことで、関税撤廃とともにいわゆる非関税障壁の撤廃ということも、大きくクローズアップされることとなり、農業以外の分野でもさまざまな問題が指摘されるようになってきた。たとえば、医療保険について、「国民皆保険」をうたう日本の公的医療保険制度が民間保険会社の参入障壁になっているとして「開放」を求められれば公的医療保険制度は維持できなくなる、といったこともいわれている。

 アメリカがTPPに飛びついたのは、輸出拡大で自国経済の立て直しを図ろうとするうえで、これが有力な市場確保策になる、との思惑からである。TPPは、もともとはシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド4カ国間の自由貿易協定であり、それにベトナム、オーストラリア、ペルー、マレーシア、アメリカが加わり、現在この9か国で交渉が進められている。このメンバーをみても明らかなように、この中では圧倒的にアメリカが力をもっているから、9か国で交渉といっても、アメリカの意向に沿った内容になることは目に見えている。アメリカにとっては、TPPは、アジア太平洋地域でアメリカの意のままになる経済圏を作り上げる絶好の手段なのである。それはまた、存在感を増してきている中国への牽制にもなる。そこへ、他の8か国よりもはるかに経済力の大きい日本が、「アメリカ基準」を受け入れて参加することは、アメリカからしてみれば願ってもないことである。野田首相の参加表明を、オバマ大統領が「歓迎」し、同時に「協定の高い水準(の貿易・投資自由化)達成」が必要だとクギを刺したのは、その表れである。

 日本のマスコミでは、交渉参加で日本が主体的に基準作りをリードしていくべきだ、などとする論調が目立つ。「べき論」でいえば、たしかにそのとおりではある。また、TPP積極派は、枠組みができあがってからの参加では日本の主張を通しにくくなるから早めの参加が望ましいといい、野田首相も国内向けには「国益」優先で考えるなどと言っている。そういう「べき論」的枠組み作りができるのなら、TPP参加も必ずしも否定的にのみ考える必要はないかもしれない。だが、日本が交渉に参加して、アメリカの要求にnoと言い、あるいはアメリカや他の参加国に日本の要求をのませるなどということが、はたしてできるだろうか。日本のTPP参加表明をめぐって、アメリカ政府は、日米首脳会談で野田首相が「すべての物品、サービスを貿易自由化交渉のテーブルにのせる」と発言したと発表した。つまり、コメであろうと保険であろうと、すべて例外なく自由化交渉の対象にすると野田首相が言った、というのである。これに対し、日本政府は、アメリカ政府の発表は間違いでそんなことは言っていない、とするが、アメリカ側は、いや間違っていない、訂正する気はない、と言っている。野田首相も、「そんなことは言っていない」と言いつつ、「アメリカ側に訂正を求める気はない」というのだから、すくなくともそう受け取られるようなことを言ったのは間違いないのではないか。

 もともと、今回の日米首脳会談では、野田首相には、9月のオバマ大統領との会談で出された「4つの宿題」に答えを出すことが求められていた。その答えは、当然、アメリカが満足するような答えでなければならなかった。その「4つの宿題」とは、@TPP参加問題、A普天間移設問題、B米国産牛肉の輸入規制問題、Cハーグ条約(国際的な子の奪取の民事面に関する条約)加盟問題、であった。野田首相は、この4つすべてについて、アメリカ側に評価してもらえるような答えを用意して首脳会談に臨んだのであった。普天間移設問題については年内に環境アセスメント評価書を提出するとし、牛肉については規制緩和を内閣府食品安全委員会に近々諮問するといい、ハーグ条約については来年の通常国会に条約承認案を提出すると約束した。TPPについても、当然、アメリカに評価してもらえることを最優先に「宿題」を仕上げたはずだから、野田首相が「すべてを自由化交渉の対象にする」と言ったというアメリカ政府の発表は、たぶんそのとおりなのだろうと思う。

 ともあれ、ことほどさように、野田政権の頭には、どうしたらアメリカに評価してもらえるか、ということしかないようである。そんな姿勢でTPP交渉に参加しても、日本が基準作りをリードすることなど、できっこないであろう。アメリカが言うままに条件をのまされ、農業も他の産業もすべてアメリカ資本に食いつぶされて、そしてその期に及んでさえ、「アメリカと対立しないことこそが日本の国益だ」と言ってアメリカに追従し続ける、そんな姿が目に浮かぶ。アメリカから出された「4つの宿題」は、いずれも、国民の生命・安全に重大な影響を及ぼす問題であり、日本国内では反対論も強く、まだ十分な議論も積み重ねられておらず、合意にはほど遠い状況にある問題ばかりである。これらは、本来、国民の生命・安全を守るという観点からのシビアな対米交渉が求められる問題である。にもかかわらず、国内合意を得ようとする努力もまったくなしに、それよりもアメリカに気に入られることのほうが大事だとばかりに、アメリカのほうだけに顔を向けて国民の生命・安全をないがしろにしているのが、いまの政権の姿である。対米従属は、野田政権に始まったことではなく、戦後の日本政治の「習性」のようなものだが、それにしても、野田政権の対米従属は度が過ぎるし、卑屈すぎる、と思う。




 

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