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浦部法穂の憲法時評

 

日米地位協定


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年12月8日

 今年1月、沖縄市内で交通死亡事故を起こしたアメリカ人軍属(在日米軍で働く民間アメリカ人)が、「公務中」を理由に不起訴となっていた問題は、アメリカ側の「好意的考慮」で日本での裁判が可能となり、11月25日に那覇地検が在宅起訴した。在日米軍軍属の公務中犯罪についてアメリカ側が米国内で刑事訴追しない場合には日本側の要請にアメリカは「好意的考慮」を払う、とする日米地位協定の「運用改善」に日米両政府が合意したこと(11月23日)をうけ、この事件について日本側が裁判権行使を要請しアメリカ側がこれに同意したためである。これについて、仲井眞沖縄県知事は、「一定の前進」としつつ、「県としては、アメリカ側に裁量がある運用改善ではなく地位協定の抜本的見直しを求める考えに変わりはない」と述べた。一方、玄葉外相は、運用改善で合意できたことは非常によかったとし、地位協定の抜本的改定については当面アメリカと交渉するつもりはなく今後しばらくは運用改善で対応していく旨の考えを表明している。民主党のマニフェストや2009年9月の連立政権合意では、「日米地位協定の改定を提起」と書かれているのに、そうするつもりはないというのだから、マニフェストも政策合意も、私たちは絶対信じてはいけない、ということだ。今回の「運用改善」が、普天間移設問題がらみであることは見え見えで、そんなもので沖縄を「懐柔」できると考えているとしたら、とんでもない話である。

 日米地位協定は、正式には「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」といい、現行の日米安全保障条約とともに 1960年に締結されたものである。その17条は、「合衆国の軍当局は、合衆国の軍法に服するすべての者に対し、合衆国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。」(1-a)とし、「日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の法令によって罰することができるものについて、裁判権を有する。」(1-b)と規定するとともに、裁判権が競合する場合には、「もっぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもっぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属〔やその〕家族の身体若しくは財産のみに対する罪」および「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」については米軍が第一次裁判権を有し、その他の罪については日本に第一次裁判権があるとする(3-a,b)。これにより、米軍関係者が米軍基地の外で犯した罪であっても、アメリカ側が「公務中」だと言えば日本には裁判権はない、ということになる。今回の事件も、帰宅途中の事故で公務中だという米軍の説明があったため、第一次裁判権は米軍にあるということで、いったんは不起訴処分となったものである。もっとも、同じ17条には「第一次の権利を有する国は、裁判権を行使しないことに決定したときは、できる限りすみやかに他方の国の当局にその旨を通告しなければならない。第一次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると認めた場合において、その他方の国の当局から要請があつたときは、その要請に好意的考慮(sympathetic consideration)を払わなければならない。」(3-c)という規定があり、今回の「好意的考慮」もこれに従ったものである。だから、それは「運用改善」というほどのものではなく、規定どおりの対処をしたというだけの話なのである。それがあたかも大きな前進のようにみえるのは、いままで、ただでさえ不平等な地位協定がその規定どおりにさえ運用されてこなかったからである。

 この裁判権の問題以外にも、日米地位協定には、まさに「宗主国と属国」の関係としか言いようがないような条項がいくつも含まれている。17条5-cは、「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする」とし、起訴前の身柄引き渡しを否定している。要するに、犯人が基地内に逃げ込んでしまえば日本側は手を出せない、ということである。1995年の米兵による少女暴行事件ではこれが大きな問題になったことは周知の事実である(防衛大臣はこの事件のことをよく知らないんだって?!)。このほか、基地の返還の際にアメリカ側は原状回復の義務を負わない(4条1)とか、米軍関係者は外国人登録の義務を負わない(9条2)とか、各種の租税免除規定(11条、12条、13条)など、まさに治外法権で、地位協定は不平等条約の極みである。とくに、在日米軍施設の75%が沖縄に集中しており、沖縄本島の18%が米軍施設によって占められているという状況の中で、地位協定の不平等性は沖縄県民に大きな犠牲を強いる結果となっている。地位協定の抜本改定なしには、沖縄の負担軽減は図れない。

 さて、今回の件にかかわって、1960年のアメリカ連邦最高裁判決で「平時に軍属を軍法会議にかけるのは違憲」とされた、と報道されているが、その判決とは1960年1月18日のMcElroy v. Guagliardo事件判決(および、同日の、Kinsella v. Singleton事件とGrisham v. Hagan事件の判決)である。そこで違憲とされた根拠条文は、合衆国憲法第3条(連邦司法権)と同修正5条(大陪審による起訴)および修正6条(陪審裁判を受ける権利)で、平時に軍人でない者からこれらの手続保障を奪うことはできない、としたものである。適正手続を重視する考え方のあらわれといえる。在日米軍関係者の犯罪をめぐって、日本の捜査当局が起訴前の被疑者の身柄引き渡しを要求してもアメリカ側が拒否してきた口実の一つが、「被疑者の権利保障が確保されない」ということであった。実際には、米軍関係者の取り調べでは、すべて録音する「全面可視化」がすでに行われていたり、調書は英訳文をつけて署名させたりと、日本人や一般の外国人とは異なった優遇措置がとられているということだから、これは口実に過ぎない。が、検事が証拠を改ざんしたり被告人に有利な証拠は隠したり、というようなことが行われていたのでは、こういう口実を許すことになる。アメリカに負けないくらいの適正手続保障(それは、憲法の定めるところでもある)をきちんと実行して、そういう口実を言わせないことも、地位協定の改定を要求していくためには必要ではないかと思う。


 

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