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浦部法穂の憲法時評

 

公務員の給与


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2011年12月22日

 国家公務員の給与について、人事院は9月末に平均0.23%の引き下げを国会および内閣に勧告した。例年なら、これに沿った国家公務員給与法の改正がなされ遅くとも年末までには人事院勧告の実施と相成るのだが、今年は様相が違った。政府は、震災の復興財源捻出ということで、6月に、国家公務員の給与を2013年度まで人事院勧告に基づかずに平均7.8%引き下げる特例法案を国会に提出していたが、これが通常国会では成立に至らず継続審議となっていた。今般の臨時国会で、野田内閣は、人事院勧告を実施せずこの特例法案の成立を図ることとしたが、公務員に対する労働基本権付与とセットになっていることに自民党などが反対しているため、野田内閣は今国会での成立を断念した。そのため、人事院勧告分も含めて国家公務員の給与改定がなされないまま年越しを迎えることが確実となったのである。

 こういう事態をうけて、新聞等では、公務員の給与を削減しないとはとんでもないことだ、身を削ることもなく増税では国民は納得しない、といったたぐいの論調があふれている。「公務員給与は民間と比べて高すぎる」、「公務員は民間と比べて優遇されすぎている」といった「公務員たたき」のキャンペーンは、ここ数年、新聞・テレビ等で流され続けてきた(これに関しては、とくに朝日新聞が「熱心」なように思うが……)。9月の人事院勧告についても、「0.23%ぽっきりの引き下げ? 人事院は何を考えているのだ」といった論調が多かった。だから、多くの国民も、人事院勧告なんか無視して大幅な引き下げをすべきだ、と考えているようにみえる。人事院総裁が「勧告を尊重しなければ憲法に抵触する問題が出てくる」と述べたことも、人事院は公務員の既得権擁護のための機関だといった批判にさらされ、「憲法に抵触する」ということの意味をまともに受け止めての議論は、まったくといっていいほど見られない。政府にいたっては、特例法案は人事院勧告の引き下げ水準を大幅に上回っているのだから勧告を実施しなくても法案が成立すれば人事院勧告の趣旨は生かされる、などという、牽強付会、否、無知蒙昧としかいいようのない議論を平然としている始末である。0.23%の引き下げという勧告に対し7.8%引き下げるのだからその中に勧告分は含まれており勧告を無視したことにはならない、というのである。

 しかし、人事院勧告は、民間でいえば労使交渉の代わりのようなものである。労使交渉で0.23%の給与引き下げが合意されたのに使用者が7.8%引き下げたとして、7.8%のなかには労使交渉で合意された分も含まれているから労使交渉を無視したことにはならない、などという理屈が、はたして通るであろうか。民間では絶対通らないはずのこういう理屈が平然と語られるのは、公務員給与の引き下げ幅は大きければ大きいほど正義にかなうという感覚が、この国の社会に蔓延しているからだと思う。そしてまた、この問題に限らず、「憲法に抵触」するかどうかは二の次という全般的な憲法軽視の風潮が、それに拍車をかけている。人事院勧告は、公務員について労働基本権が大きく制限されている(団体交渉権や争議権は認められない)ことの「代償措置」であり、これがあるから公務員の労働基本権制限は憲法に違反しないのだ、というのが、これまでの政府の説明であり、また、最高裁判決の論理であった。だから、人事院勧告によらずに、あるいは勧告以上に、公務員の給与を引き下げることは、これまでの政府見解や判例の立場からしても憲法違反ということにならざるをえないのである。人事院総裁が「憲法に抵触する」と言ったのはそういう意味であり、それは決して軽んじられてよいことではない。

 公務員の給与を下げるべきだという議論は、公務員の給与は私たちの税金で払われているのに公務員が民間よりも高い給与を受け取っているのはけしからん、ということなのであろう。公務員の給与が私たちの支払う税金によってまかなわれていることは間違いない。「もとは私たちのお金だ」というのは、たしかである。だから、税金を負担する側の立場からすれば、公務員の給与を引き下げることで税負担が少しでも減るならば、それは歓迎すべきことだ、ということになろう。その意味で、多くの国民が、公務員給与引き下げキャンペーンに同調する気持ちはわからないでもない。しかし、公務員の給与が私たちのお金から出ているとして、では民間サラリーマンの給与は誰のお金なのか? 自分の甲斐性で稼いだお金だから自分のお金だと思っている人が多いかもしれないが、そういう観点でいえば公務員も同じことになるはずである。民間サラリーマンも、その給与が誰のお金から出ているのかといえば、すべて「私たちのお金」である。会社勤めの人の給与は、その会社の商品等を買った私たちが支払ったお金から出ているのであり、そういう意味で「もとは私たちのお金」であって、公務員の場合と大差はない。要するに「金は天下の回りもの」であって、公務員の給与だけが「もとは私たちのお金」であるわけではない、ということである。そう考えれば、公務員給与引き下げキャンペーンが理に適わないものであることがわかると思う。そのキャンペーンを精力的に張っている新聞社やテレビ局等の社員の給与は、「もとは私たちのお金」なのに、たぶん、公務員よりも、もちろん民間平均よりも、かなり高いはずだから。

 そして、より肝心なことは、公務員給与の引き下げは公務員だけにとどまらず、必ず民間に波及するということである。公務員の賃金カットは、業績が一向に上向かない民間企業の経営者が従業員の賃金カットに踏み切るきっかけになるだろう。そうして民間の賃金水準が下がれば、また公務員の給与引き下げ圧力が出てきて公務員の賃金カット、それに連れてまた民間の賃金カット、そしてまた……、というように「賃金カットのスパイラル」に陥る可能性すらある。かくして賃金がどんどんどんどん下がれば、国内需要はどんどんどんどん低迷し、いくら増税しても震災の復興財源は調達できず、財政赤字も膨らむばかり、だからまた増税で需要がさらに低迷し……で、日本経済は崩壊するということにもなりかねない。公務員給与引き下げキャンペーンは、低賃金で苦しむ人や納税者心理には受け入れられやすいかもしれないが、安易にこれに同調することは自分で自分の首を絞めるようなものだと認識しなければならない。




 

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