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浦部法穂の憲法時評

 

政党とは何なのか?


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2012年7月5日

 6月26日に、民主・自民・公明3党の「談合」によって、消費増税法案が衆議院を通過した。しかし、民主党では、57人が反対、15人が欠席または棄権という、大量の「造反者」が出た。そして、7月2日には、小沢一郎氏が衆参あわせて50人の議員を引き連れて離党、民主党は分裂することとなった。3年前の衆議院選挙の際、民主党は「マニフェスト」で消費税を上げないことを明言していた。国民に対して、民主党が政権についたら消費増税は行わないと約束していたわけである。そういう約束のもとに「政権交代」を果たしたのだから、自民・公明と結託して消費増税に走るのは「裏切り」以外の何ものでもなく、国民に対して責任を負うという民主主義政治の基本を忘れた行為だといわざるをえない。その意味では「造反有理」であり、小沢氏らの離党には国民に対する責任という点において大義名分があるといえる(小沢氏らにとって、それは単に表向きの「たてまえ」にすぎないだろうことは、小沢一郎という政治家のこれまでの言動をみれば容易に推察できる、ということを度外視すれば、だが)。また、当初の約束を守れない事情が出てきたのなら、国民に対してそのことをきちんと説明したうえで、あらためて「民意」を問うというのが筋である。だから、自民党や公明党が、マニフェストを破棄するのなら解散・総選挙すべきだと言っていたことには、これまた表向きの「たてまえ」だけで言えば、「大義」があったといえる。しかし、その自民・公明両党も、「談合」に応じてしまったのだから、もはや「大義」を掲げる資格はない。

 それにしても、政権を握ってからこの方3年間、民主党は内部のゴタゴタ・ドタバタばかりを国民の目にさらしてきた。2009年9月に政権につくや、「マニフェスト」に従って八ッ場ダム建設中止を宣言しながら、関係都県の知事らの抵抗を受け、野田内閣になってからの2011年12月に工事再開を決定。沖縄の米軍普天間飛行場移設問題では、「最低でも県外」と言ってきた鳩山首相が、「日米同盟にひびを入れた」という日米双方からの非難の嵐(マスコミ上の、だが)に抗しきれず、わずか8か月後の2010年5月に、従来の予定どおり辺野古に移設することを日米共同声明で確認、これによって鳩山首相は1年ももたずに辞任、あとをうけた菅首相は具体的な動きは何もしなかったが、野田内閣になってからアメリカ政府は「脅し」と圧力を強め、野田政権はそれに唯々諾々と従って辺野古への移設手続を進め、さらに普天間飛行場へのオスプレイ配備も、沖縄の人々の声はまったく無視してアメリカの言うがままに強行しようとしている。そして東日本大震災と福島第一原発事故のあと、菅首相が「脱原発」を言い出すと、民主党内部もにわかにざわめき立ち、結局財界や自民党と一緒になって菅首相を引きずり下ろし、後継野田内閣は原発再稼働にまっしぐら、とうとう7月1日、関西電力大飯原発(3号機)が再稼働した。それに、この消費増税である。ゴタゴタ・ドタバタを繰り返し、迷走のあげく結局は自民党政権と何ら変わりないところに「着地」しているのが、与党民主党の3年間だったといってよい。私は、3年前の「政権交代」のとき、この政権交代は「ないよりまし」とは言えるだろう、と書いたが(2009年9月3日付「憲法時評」)、これでは「ないよりまし」とも言えない。民主党がここまで「政党」の体をなしていない集団だとは、正直思っていなかった。

 政党とは、同じような主義主張・政治思想をもつ人々によって構成され、その主義主張や政治思想にもとづいて国民のあいだの諸利益を集約して政策を作り、それを実現するために選挙に勝って議会で活動したり政権を担当したりする(あるいはそれを目指して活動する)ことを目的とした組織体である、というのが最大公約数的な定義といえよう。つまり、@同じような主義主張・政治思想をもつ人の集まりであって、Aその主義主張や思想にもとづいて国民のあいだの多様な利害を集約し、それを政策としてまとめ、議会の場で、あるいは政権を取って、その実現を目指し、Bそのために、選挙での勝利を得るための諸活動(候補者を決めたり、その選挙活動を支えたり、等々)を行う、というのが政党だといえる。かりにこれを「政党の三要素」と言っておくと、民主党はBの要素だけはもっているが@Aを欠いているといわざるをえないように思う。決定的なのは、そもそも@の要素がないことである。民主党という政党は、主義主張や政治思想において、まさに雑多な人々によって構成されている。だから、政策は作っても、一定の考え方に従って国民の利害を集約したものにはならず、一貫性のない、そしてしばしば「民意」とかけ離れた、政策になってしまうのだと思う。その意味で、Aの要素もまた、民主党にはないといわなければならないのである。@AがなくBだけでは、とても政党の体をなしているとはいえないであろう。

 民主党には、もともと自民党だった人たちともともと旧社会党(その後、社民党)だった人たちが混在している。だから、主義主張や政治思想は、はじめからバラバラなのである。そして、自民党を離党して民主党に入った人のなかには、小選挙区制のため自民党の公認を得られずに民主党に入ったという人も少なくない。2003年に小沢「自由党」と合併したのも、小沢一郎氏の選挙手腕に頼るためだった。要するに、選挙に勝つためだけに寄り集まっているのである。自民党とは違う政策を訴えることで、民主党政権になれば何か変わるだろうと国民に期待をもたせたのも、確固とした主義主張や思想にもとづくものではなく、単に選挙戦術にすぎなかったのだろう。だから、いざ政権の座につくと、アメリカや財界などの圧力に簡単に屈してしまい、それに立ち向かってでも断固公約は実行するという姿勢は、まったくみられないのである。そうであれば、その「着地」点が自民党政権と変わらないのも、なんら不思議ではない。

 ただし、これは、民主党に限った話ではない。日本には、選挙のことしか考えない政治家が多すぎる。逆に、この国をどういう国にしようとするのか、そのために具体的にどのような政策を進めていくのか、ということをきちんと語れる政治家が少なすぎる。選挙のことしか考えないのは、本物の政治家とはいえない。「消費増税反対」も「脱原発」も、それ自体はいいとして、選挙に有利だからそう言っているだけの政治家が、あちこちでなにやらうごめいているような気がする。「本物」の政治家による「本物」の政党が、それぞれの主義主張や政治思想にもとづいて「グランドデザイン」を描き、それへ向けての具体的な政策を国民に提示して競い合う、という「本物」の政治は、夢物語にすぎないのだろうか。




 

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