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浦部法穂の憲法時評

 

政治が教育を支配しようとするとき


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2013年10月24日

 沖縄県竹富町教育委員会が中学校公民教科書について、教科書同一採択地区の石垣市、与那国町とは違う教科書を独自に採択している問題で、下村文科大臣は10月18日、竹富町教委の対応が教科書無償措置法に違反しているとして、地方自治法に基づく是正要求をするよう沖縄県教育委員会に指示した(地方自治法第245条の5第2項2号)。是正要求は、各大臣がその担任する事務に関し、地方自治体の事務処理が「法令の規定に違反していると認めるとき、又は、著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認めるとき」に、当該事務の処理について「違反の是正又は改善のため必要な措置を講ずべきこと」を地方自治体に求める(市町村の事務に関しては都道府県の執行機関に是正要求するよう指示する)もので、この要求を受けた地方自治体は、「当該事務の処理について違反の是正又は改善のための必要な措置を講じなければならない」こととされている(第245条の5第5項)。要するに、是正要求には従わなければならない、ということである。教育行政で国が是正要求するのは、これが初めてだという。

 事の発端は、2011年8月に、教科書無償措置法上同一採択地区とされている石垣市、与那国町、竹富町の3市町の教科書を選定する「八重山採択地区協議会」が同地区の中学校公民教科書として育鵬社の教科書の採択を答申したのに対し、石垣市と与那国町は答申どおりに採択したが竹富町はこれを拒否し東京書籍の教科書を採択したことに始まる。育鵬社は、かつて「新しい歴史教科書を作る会」が編集した教科書を出版した扶桑社が100%出資する教科書出版会社で、「フジ・サンケイグループ」に属する。「作る会」が内紛で分裂しそこから飛び出した人たちが作った「日本教育再生機構」の編集する教科書を出版している。扶桑社版のいわば後継教科書で、きわめて「右寄り」の教科書である。竹富町がこの育鵬社版教科書の採択を拒否したのは、「地方教育行政法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)」上、教科書採択権は各教委にあることを根拠に、「地区協議会」での選定に際しての事前調査で7社の教科書の中で一番多い14箇所もの問題点が指摘された育鵬社版教科書の採択は適切でない、と判断したためだという。文科省はこれまで、竹富町が答申と異なる教科書を採択したことは違法だとし、竹富町の採択した教科書を無償給付せず、育鵬社版の採択を指導してきたが、竹富町は有志からの寄付によって東京書籍版の教科書を生徒に配布し使用してきた。この竹富町の措置については文科省も黙認してきたが、自民党政権にかわり、文科大臣が、これ以上違法状態を放置できないとして、是正命令、つまり、育鵬社版の採択を強制する命令を出したのである。

 こうした自民党政権の動きに対し、産経新聞はいち早く10月3日の「主張」で、また、読売新聞も10月19日付「社説」で、竹富町に法令遵守させろ、との主張を繰り広げた。その論理は、要するに教科書無償措置法に違反するというのだが、他方で「地方教育行政法」が教科書採択権は各教委にあるとしていることは(地教行法第23条6号)まったく無視している。無償措置法のほうが地教行法に優越すると解すべき根拠はどこにもない。地教行法の側からみれば文科大臣の是正要求こそ法令違反だということになる。地元教育委員会が問題が多いとして採択しなかった教科書を、無償配布の効率性の観点から定められた広域採択を盾に強制することに、いったいどんな「正義」があるというのだろうか。「産経」も「読売」も、尖閣諸島問題とからめて、「日本固有の領土に関する手厚い記述」(産経)、「領土に関する記述が詳しい」(読売)などといったことから、八重山地区で育鵬社版教科書を採択したことに意義がある、といった趣旨の主張をしている。要するに、法令違反は単なる口実で、育鵬社の教科書を採択せよと主張しているだけである。文科大臣の是正要求も同じである。もしこれが逆だったら、つまり、「地区協議会」では他社の教科書が答申されたのにその中の一教委が答申を拒否して育鵬社の教科書を採択したとしたら、たぶん、「産経」も「読売」も、「教委の判断は尊重されるべきだ」という主張を大々的に展開したであろう。実際、その主張は、地教行法に照らせば十分成り立つのだから。自民党政権もおそらく、是正要求などという強硬手段に出なかったはずである。

 こういう形で、教育に対する政治の支配が、いま、あちこちで進行している。折しも、「いじめ」事件などを機に、教育委員会制度の見直しが議論され、教育行政の最終権限を首長に委ねようとか、教育長を教育委員会の責任者にしようとか、教育を政治的に支配しようとする「改革」が唱えられたりもしている。教育が特定の政治的方向に向けられたなら、近い将来、この国の国民はその特定の政治的立場からしか考えられなくなってしまうだろう。戦前の例を引かなくても、北朝鮮を見れば容易にわかりそうなものである。「産経」も「読売」も、また自民党も、この国を北朝鮮みたいな国にしたいというのだろうか。そういう議員や首長を選んだのは、この国の国民である。また、そういうマスコミに大きな顔をさせているのも、この国の国民である。手遅れにならないうちに目を覚ましてもらいたいと、切に願う。

 なお、教科書の問題でいえば、もう一つ、実教出版の高校用日本史教科書について、東京都教委は「使用は適切でない」とする文書を都内の校長宛に出し、神奈川県教委もこの教科書を希望した県立高校に再考を促し他社の教科書に変更させた。この結果、東京と神奈川ではこの教科書を採択する高校は1校もなくなったという。また、大阪府教委も「記述は一面的」とし採択する高校には補足説明を義務づけた。埼玉県では、県議会文教委員会がこの教科書を採択した高校の校長らを呼び出して説明を求め、採択の再審査を求める決議を賛成多数で可決した。いずれも、この教科書が、国旗・国歌に関する記述の脚注で「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記していたことを問題とするものであった。事実をそのまま書いただけで検定にも通っている教科書を、まさにそこにいう「一部の自治体」が自分たちに不都合な事実が書かれているからというので、不適切だとして採択させないなどということは、憲法やその他の法令上、問題にならないのだろうか。「右翼」的教科書は強制し、事実を書いただけの教科書は不都合だからというので使用させない。これが、いまの教育への政治支配の実態なのである。



 

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