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浦部法穂の憲法時評

 

STAP細胞


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2014年2月6日

 いっとき、ES細胞だとかクローン技術だとかと騒がれていたと思ったら、いつの間にかiPS細胞になっていて、今度はSTAP細胞である。先月末、神戸・ポートアイランドにある理化学研究所が、マウスの体細胞をpH5.7の酸性溶液に30分ほど入れておくだけで多能性細胞(万能細胞)化させるという、まったく新しい万能細胞化の方法を開発したと発表した。ES細胞のような核移植もiPS細胞のような遺伝子導入も不要で、酸性溶液に30分浸けておくだけで、すべての生体組織と胎盤組織にまで分化できる多能性細胞ができるというのだから、常識を覆す大発見だということは、私のような素人にもわかる。そして、この研究を推進した研究ユニットのリーダー小保方晴子さんが30歳の「美人」研究者だというので、マスコミ報道は研究そのものに関係のない小保方さんのプライベートにまで過熱している。理研は研究活動にも支障を来すとして、小保方さんが研究に専念できるよう「本人への直接取材は控えさせていただく」旨の「報道のみなさまへ」という文書を出した。

 若手研究者がこれまでの常識にとらわれずに「世紀の大発見」をしたというのは、本当にすごいことで、賞賛してし過ぎることはない。どんな分野の研究でも、学問上の「常識」とされてきたことにとらわれていたのでは、それ以上には進まない。「常識」にとらわれない姿勢こそが、学問の進展をもたらすのであり、研究者には常にそういう姿勢をもつことが求められる。そういう意味でも、今回の小保方さんを研究リーダーとする理研の研究成果は、研究者の範となるべきものだといえよう。ただ、これは成功例である。「常識」とされてきたことには、それなりの理由はあったはずだから、それに挑戦するということは失敗の可能性も覚悟しなければならない。研究を重ねてみたけれど結局従来の「常識」の枠を破る成果は出てこなかった、ということも当然あり得るわけである。多額の研究費を使って結局成果なしという可能性もある、ということである。社会が、それを「お金の無駄遣い」として否定するのか、それとも「学問研究にはそういうこともいくらでもあるのだから」として容認するのか。今回の成功例の陰には、そういう問いかけが含まれていると思う。短期間で目に見える成果を上げなければ研究者として評価しない、というのでは、今回の画期的研究も、たまたま運のいい成功例というだけで終わってしまうであろう。

 さて、このSTAP細胞は、いまのところ生後間もないマウスの細胞を使ってできたということのようで、人間の細胞に応用可能なのかどうかは、まだ未知数である。人間の細胞では不可能だということになるかもしれない。しかし、もし、50年先か100年先か、あるいは200年先かもしれないが、人間でもできるということになったら、いったいどうなるのだろうか。現在の医学では治療が困難な病気も克服できることになろう。そして「若返り」さえ可能になるかもしれない。どんな病気も治せるし、「老い」も克服できるというのは、まさに人間にとって「夢」である。そんな夢のような時代が来るかもしれないのだ。

 だが、そこから私はふと考え込んでしまう。どんな病気も治せるし老いることもない「永遠の命」を獲得したら、それが果たして人間にとって幸せなことなのだろうか、と。誰しも長生きしたいと思うだろう。それも、よぼよぼや寝たきりでなく、ぴんぴんして長生きしたいというのが、万人共通の願いであろう。それが可能になるのだったらいいことじゃないか、と言いたいところなのだが、ことはそう単純ではないと思う。STAP細胞が人間でも可能だとなった場合に、それが文字通りの「不死身」をもたらすことになるのかどうかは知らない。しかし、いまよりも飛躍的に人間の寿命を長くする可能性はあるだろう。そうなれば、この地球が新しい命を受け入れうる余地はどんどん小さくなっていくだろう。つまりは、子どもは産めなくなる、ということである。「死のない世界」は「子どもたちのいない世界」にならざるをえないと思うのだが、そういう世界に生きることが幸せだとは、私には感じられない。あるいは、大多数の人が100歳でも150歳でも普通にぴんぴんしているということになったら、あとから生まれてきた人たちの働く場やその他社会的な居場所は、どんどんなくなっていくことになろう。それに、そもそも人間はいったい何年くらいまで生き続けることに耐えられるであろうか。

 荒唐無稽な話になってしまったが、いま現在の「高齢化社会」とか「世代間格差」という風に言われている問題は、じつは上に書いた問題と、程度は違うものの、本質において同じ問題だと思う。人が健康で長生きできることはいいことである。だから、そのための生命科学や医学の発展を目指すことは間違いではない。しかし、同時に、その発展がどのような社会的問題や人間的問題をもたらすかを解明し、それに対する対策を考えておかないと、いいことのはずが逆に人間に不幸をもたらすことにもなってしまう。そういう意味で、これからは、STAP細胞でもiPS細胞でもES細胞でも、あるいはその他生命科学や医学や自然科学全般において、社会科学や人文科学との共同研究の体制を整えていくことが、絶対条件にされなければならないと思う。STAP細胞の技術が人間にも実用化されて夢の「若返り」が実現するとしても、いまこの世に生きている人には関係のないずっと未来のことになるかもしれない。だが、それが可能になったときの社会や人間の問題を考えておくことは、そういう研究や技術開発を始めたいまの世代の人間の責任であろう。



 

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