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浦部法穂の「憲法雑記帳」
第39回 入院したくてもさせてくれないのに入院を拒否したら刑事罰?
浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2021年1月18日

 新型コロナウィルスの感染拡大は、なお収まる気配を見せず、再びの緊急事態宣言が発せられるにいたった。安倍政権を継承した菅政権のコロナ対応は、まさに安倍政権の「継承」で、的外れで場当たり的。あるいは、こう言ったかと思えば翌日には正反対の決定をするなど「朝令暮改」の繰り返し。何をしたらいいのか分からずに、ウロウロ、オタオタ、右往左往しているとしかみえない状況である。そんな状況の中で、国民のあいだに広がる「早くなんとかしてくれ」という気持ちが、「もっと厳しい措置を」という声につながるのは、不思議なことではない。そういう社会の「空気」を背景に、なすすべを見つけられない政府は、「コロナ特措法」や「感染症法」などに、対策強化のため罰則を設けるという、これまた筋違いの方向に、急速に走り出した。そして、政府は1月18日召集の通常国会に、時短営業命令に従わなかった事業者に50万円以下の過料を科し(特措法)、入院を拒否したり入院先から逃げた感染者に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」、感染者が保健所による行動調査を拒んだり虚偽回答したりした場合には「50万円以下の罰金」という刑事罰を科す(感染症法)ことなどを盛り込んだ改正案を提出するという。

 はたして、これが感染症に対する正しい対応なのだろうか。罰則をもって強制すれば感染拡大は防げるのだろうか。政府は、これらのことをきちんと科学的に検証・検討したうえで上記改正案を決定したのだろうか。そしてまた、国民も、罰則があれば感染拡大を抑えられると、安易に考えすぎていないだろうか。

 罰則を伴う強制措置によって感染を抑え込もうとする政府の方針に対し、いち早くその問題点を指摘したのは、本年1月14日に発表された日本医学会連合の「感染症法等の改正に関する緊急声明」である。日本医学会連合は医学系の136の学会が加盟する学術団体であり、医学の専門家集団の連合体である。その「緊急声明」は、まさに医学専門家の科学的知見にもとづく見解として、重く受け止められるべきである。

 この「緊急声明」は、まず、「日本医学会連合は、感染症法等の改正に際して、感染者とその関係者の人権と個人情報が守られ、感染者が最適な医療を受けられることを保証するため、次のことが反映されるよう、ここに声明を発します」とし、次の4点を掲げる。
1) 感染症の制御は国民の理解と協力によるべきであり、法のもとで患者・感染者の入院強制や検査・情報提供の義務に、刑事罰や罰則を伴わせる条項を設けないこと。
2) 患者・感染者を受け入れる医療施設や宿泊施設が十分に確保された上で、入院入所の要否に関する基準を統一し、入院入所の受け入れに施設間格差や地域間格差が無いようにすること。
3) 感染拡大の阻止のために入院勧告、もしくは宿泊療養・自宅療養の要請の措置を行う際には、措置に伴って発生する社会的不利益に対して、本人の就労機会の保障、所得保障や医療介護サービス、その家族への育児介護サービスの無償提供などの十分な補償を行うこと。
4) 患者・感染者とその関係者に対する偏見・差別行為を防止するために、適切かつ有効な法的規制を行うこと。

 そして、この声明を発出するにいたった理由として、以下のような極めて重要な指摘をしている。私は、この点こそ、政府も国会も、そして私たち国民も、感染症対策を考える際の共通の出発点にしなければならないものだと思う。声明曰く。
 「現行の感染症法における諸施策は、『新感染症その他の感染症に迅速かつ適確に対応することができるよう、感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ、総合的かつ計画的に推進される』ことを基本理念(第2条)としています。この基本理念は、『(前略)我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている(同法・前文)』との認識に基づいています。
 かつて結核・ハンセン病では患者・感染者の強制収容が法的になされ、蔓延防止の名目のもと、科学的根拠が乏しいにもかかわらず、著しい人権侵害が行われてきました。上記のように現行の感染症法は、この歴史的反省のうえに成立した経緯があることを深く認識する必要があります。」

 さらに声明は、入院拒否に対する罰則に関し、入院措置を拒否する感染者には、職を失うとか養育・介護を必要とする家族がいるなどといった事情や、周囲からの偏見・差別などという理由があるかもしれないのに、そういう問題への対策をとらずに感染者個人に責任を負わせるのは「倫理的に受け入れがたい」と述べる。そして、実際的にも、「罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安・差別を惹起することにもつながり、感染症対策をはじめとするすべての公衆衛⽣施策において不可欠な、国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れがあります。刑事罰・罰則が科されることになると、それを恐れるあまり、検査を受けない、あるいは検査結果を隠蔽する可能性があります。結果、感染の抑止が困難になることが想定されます」とし、「以上から、感染症法等の改正に際しては、感染者とその関係者の人権に最大限の配慮を行うように求めます」と結んでいる。

 この「緊急声明」に全面的な賛意を表する意味で、以上、紹介させていただいた。罰則を伴う強制の是非について、いま一度冷静に考えたいものである。


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