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浦部法穂の「大人のための憲法理論入門」

 

第10回 「集団的自衛権」容認で「自衛隊合憲」の論理は吹っ飛んだ


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2015年7月6日

 前回、いわゆる「集団的自衛権」は「自衛」ではないことを述べた。そもそも「自衛権」とは、国際法上の定義では、「国家または国民に対して急迫不正の現実の侵害があった場合に、やむを得ず実力をもって侵害を排除する国家の権利」だとされている。つまり、「自衛権」とは、その定義上、「急迫不正の現実の侵害」(国連憲章51条は、これを「武力攻撃が発生した場合」として具体的に明確化している)を受けた国の権利として認められるものである。したがって、武力攻撃を受けていない国に「自衛権」が認められるはずはない。その頭に「集団的」という言葉が付こうが付くまいが、「自衛権」である以上は、本来、そうなるはずである。それなのに、「集団的」という言葉が付いたとたんに、「自衛権」が武力攻撃を受けていない国の権利になるというのは、「自衛権」概念の濫用・誤用でしかない。

 そういう濫用・誤用が国際法上あたりまえのように通用してきたのは、前回述べたように、アメリカや旧ソ連といった大国が、自分の意に沿わない国や政府や運動を武力でもって潰す、そのための口実として「集団的自衛権」を持ち出してきたからである。「自衛権」という言葉に忠実に国連憲章51条の規定を読むならば、そこにいう「集団的自衛権」とは、武力攻撃を受けていない第三国の権利ではなく、武力攻撃を受けた国が自国だけで対抗する(個別的自衛権)のでなく第三国に援助を求めて共同して自衛措置をとる権利を意味している、とすべきである。前回述べたように、これが「集団的自衛権」の本来の意味だと、私は考える。

 そういう観点から、日本についていえば、日米安保条約で、日本が武力攻撃された時にはアメリカ軍が日本を守るために日本と一緒になって戦うということになっている。だから、日本の「自衛」という意味での「集団的自衛」の枠組みは、じつはすでに出来上がっているのである。ただ、アメリカが攻撃された時には、日本は、「日本国の施政の下にある領域」においてそれが発生したときにかぎりアメリカと共同して対処する(日米安保条約第5条)が、それ以外の場合には、日本の自衛隊がアメリカ軍と一緒に軍事行動を行うことは想定されていない。つまり、日本に対する攻撃がなくてもアメリカが攻撃されたならアメリカと一緒に日本も戦うという意味でのいわゆる「集団的自衛権」(上に述べた、濫用・誤用の「集団的自衛権」。「いわゆる」つきで言う場合は、すべてこの濫用・誤用の「集団的自衛権」を指す)は、日米安保条約でも規定されていないのである。それは、憲法9条のもと、いわゆる「集団的自衛権」は行使できないとされてきたからである(日本の施政下にある領域においてアメリカに対する攻撃があった場合、つまり、日本の領土・領海内で米軍基地や米艦等が攻撃された場合には、それは同時に日本に対する攻撃でもあると言えるから、この場合には、いわゆる「集団的自衛権」の問題にはならないとすることができる)。

 では、なぜ、いわゆる「集団的自衛権」は行使できないとされてきたのか。歴代の政府はなぜそう言い続けてきたのか。それは、一言でいえば、このことが、本来違憲の自衛隊を合憲と言い繕うための最低限の条件だったからである。「一切の戦力を保持しない」とする憲法のもとで自衛隊という「立派な軍隊」をなぜ持つことができるのか。この問いに対する政府の答えは、こうである。@憲法9条は一切の戦争を放棄し一切の「戦力」の保持を禁じている。Aしたがって、日本が「戦力」を持つことは自衛のためといえども憲法上禁止されている。Bしかし、憲法9条は独立国家に固有の権利としての「自衛権」まで放棄したものではない。Cしたがって、この「自衛権」の行使としての必要最小限度の行動は憲法の禁ずるところではなく、そのための手段として「自衛のために必要な最小限度の実力(自衛力)」を持つことは憲法9条に違反しない。D自衛隊は「自衛のために必要な最小限度の実力」であり憲法9条が禁止する「戦力」にはあたらない。

 ここでいわゆる「集団的自衛権」にかかわるのはCであり、そしてそれこそが自衛隊を合憲だとする最大の論拠となっていることがわかるであろう。憲法上認められるのは「『自衛権』の行使としての必要最小限度の行動」だけである。自国が攻撃を受けたわけでもないのに「行動」を起こすのは「『自衛権』の行使としての必要最小限度の行動」とはいえない。自衛隊は、「必要最小限度の行動」のための手段としての「必要最小限度の実力」なのだから、それを自国ではなく他国が攻撃を受けた場合に出動させることは、当然許されない。だから、いわゆる「集団的自衛権」の行使は憲法上認められない、という結論になるのであり、これは、上記の政府の自衛隊合憲論の核心なのである。つまり、自衛隊合憲論といわゆる「集団的自衛権」否認論というのは、論理的に合体していたのである。逆にいえば、いわゆる「集団的自衛権」の行使を容認したなら、これまで政府が言ってきた「自衛隊合憲」の論拠は完全に吹っ飛ぶことになる。いわゆる「集団的自衛権」の行使容認は、従来の政府見解との論理的整合性すらなく、憲法9条に関する従来の政府解釈(それ自体、正当な憲法解釈とは言えないが)を前提にしたとしても、明らかに「違憲」である。衆議院憲法審査会で自民党推薦を含む3人の憲法学者が、いわゆる「集団的自衛権」容認をそろって「違憲」と明言したことが話題になっているが、憲法をどうねじ曲げようとも、それ以外の結論は出てきようがないのである。



 

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