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浦部法穂の「大人のための憲法理論入門」

 

第11回 なぜ憲法は「政教分離」を規定したのか


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2015年8月3日

 日本国憲法は、20条1項後段で「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」とし、同条3項では「国およびその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と定め、さらに89条で「公金その他の公の財産は、宗教上の組織もしくは団体の使用、便益もしくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない」と規定して、いわゆる「政教分離」の原則を定めている。国家が国教を設けたり特定の宗教に特権的な地位を与えるなど、国家と宗教が結びつくとき、異教徒や無宗教者に対する宗教的迫害が生じることは、歴史の示すところである。国家と宗教の結合は、国家による特定宗教の「公認」を意味し、それは、社会的には、その特定宗教が権力的裏打ちを持って他の宗教に優位する地位を占めることを意味する。そういう社会的な状況のなかでは、その「公認」宗教こそが正統的な宗教であるとの社会意識が生じて、それ以外の宗教への信仰を貫くことが非常に難しくなり、人々をその「公認」宗教に従わせようとする力が働くこととなる。つまり、ここでは、かりに人々の信仰に対する直接的な圧迫・強制がなかったとしても、国家と宗教の結合それ自体が、個人の信仰をまっとうさせえないという結果を導くのである。その意味で、国家と宗教の結合は、それ自体、信教の自由に対する侵害になるというべきである。信教の自由というものは、権力による直接の圧迫や強制を排除することだけによって確保されるものではなく、国家と宗教の結合による間接的な圧迫・強制をも排除することによってはじめて、完全なものとして保障されうることになるのである。憲法が「政教分離」を規定しているのは、信教の自由の完全な保障を図るためである。これが「政教分離」の一般的な意義である。

 「政教分離」は、抽象理論的には、どのような宗教であれ、国家が特定の宗教と結びついてはならないことを意味する。しかし、それは、同時に、歴史の産物でもある。それぞれの国ないし社会において、実際に、国家・政治権力が特定の宗教と結びついて人々の信仰を圧迫してきたという歴史に照らして、近代国家は、人々の信教の自由を確保するため、そのような事態が生じることのないよう、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を定めたのである。「政教分離」はその一つの形態である。したがって、「政教分離」は、単に抽象的に国家と宗教との分離を求めるのではなく、より具体的に、その国ないし社会の歴史および歴史上形成されてきた宗教的風土に照らして見たときに、国家・政治権力と結びつきやすい宗教あるいは宗教組織をターゲットにして、そのような宗教(あるいは宗教組織)と国家との分離を要請するものなのである。たとえば、アメリカにおいて「政教分離」が "separation of church and state" つまり「教会と国家との分離」と言われるのは、アメリカがキリスト教社会であり、アメリカ建国以前のキリスト教社会において特定の教会と政治権力とが結びつくことによってその教会以外の教会に属する人々を異端として排除・弾圧してきたという歴史に照らし、そこでの国家と宗教とのかかわり方を信教の自由の保障という観点からどうするかということを考えたときに、特定の"church"と"state"つまり教会と国家とを分離させることが必要と考えられたからである。

 では、日本の場合はどうか。結論から先に言えば、日本国憲法の定める「政教分離」の直接のターゲットは、旧憲法体制下の「国家神道」である。「国家神道」の否定、すなわち「国家と神社神道との分離」こそが、日本国憲法の「政教分離」の中心的な意味なのである。

 旧憲法体制下においては、天皇の統治権の根拠を「皇祖神・天照大神」の神勅に由来するものとし、その子孫である天皇それ自体も「神」(「現人神」)として人々の尊崇の対象とすることによって、天皇による絶対的支配を正当化しようとした。そのために、民衆の神社信仰を利用して、「天照大神」を祀る伊勢神宮を最高位に据えるかたちで全国の神社を格付けして、神社神道を統治システムに組み込んだのである。神道の祭祀は国政の一部として行われ、天皇はその祭主としての地位にあるものとされた。また、法制上も、神宮・神社には「公法人」の地位が、神官・神職には官吏の地位が与えられるなど、特別の待遇がなされ、国民に対しては神社参拝が強制された。こうして、神社神道は事実上「国教」として扱われたのである(「国家神道」)。この「国家神道」体制のもと、他の宗教はこれへの妥協と従属を余儀なくされ(1912年2月、教派神道・仏教・キリスト教代表者による三教会同での「皇道を扶翼し益々国民道徳の振興を図る」旨の決議、など)、そうでない宗教は徹底的に弾圧された(大本教、ひとのみち教団、仏教青年同盟などへの弾圧)。

 この「国家神道」は、また、日本軍国主義の精神的支柱としても大きな機能を果たした。その中心が靖国神社であった。靖国神社は、他の神社と違って陸・海軍省の所管に属する軍の宗教施設であり、「天皇陛下」や「お国」のために戦死したらそこに「神」として祀られるという、普通の人間には普通では考えられない「栄誉」が与えられるということで、国民を積極的に戦争へ駆り立てたのであった。しかも、そこへは、それ自体「神」である天皇がお参りをするということなのであるから、これはもう、この上ない「至上の栄誉」である。日本軍国主義は、このような装置を利用して侵略戦争に国民を総動員していったのである。

 日本国憲法の基本原理は、国民主権、人権尊重、平和主義である。一方「国家神道」は、神権天皇制のイデオロギーであり(反・国民主権)、国民の信仰に圧迫・干渉・強制を加えてきたものであり(反・人権尊重)、そして軍国主義の精神的支柱として機能したものであり(反・平和主義)、現憲法の基本原理のいずれとも相反するものであった。日本国憲法が「政教分離」を定めたことには、そういう意味がある。つまり、国家と神社神道との分離を本旨とする日本国憲法の「政教分離」は、単に信教の自由だけの問題にとどまらない、憲法の基本原理を実現するための前提条件ともいうべきものなのである。したがって、国やその機関が神社神道とかかわりをもつことは、それが今すぐ直ちに「国家神道」の復活につながるというわけでないとしても、とくにセンシティブでなければならず、まして靖国神社への首相等の参拝は、平和主義への否定的行為とみなされても仕方がないこととなるのである。



 

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