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浦部法穂の「大人のための憲法理論入門」

 

第20回 「全国民の代表」とは?


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2016年5月9日

 憲法43条は、「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と定めている。つまり、国会議員は、衆議院議員も参議院議員も、自分を選んだ人たちだけの代表ではなく「全国民の代表」だ、ということである。そうだからこそ、前回述べたように、「一票の格差」はあってはならない、ということになるのである。国会議員が「全国民の代表」であるとは、要するに、国会議員は自分を選んでくれた人たちだけの利害を考えて行動するのでなく「全国民」のことを考えて行動しなければならない、ということを意味する。それは、「国家全体」のことを考えるというのとは、また違う。「国家」ではなく「国民」全体である。「全国民」のことを考えるというのは「国家全体」のことを考えるというのと同じことではないのか、と思われるかもしれないが、「国民」=「国家」ではないから、決して同じことではない。「国民」は、「国家」の主人公であるというたてまえのもとに「国家」に服属させられている存在である。つまり、「国民」は「国家」に支配されている、ということである。だから、「国家全体」のことを考えるというのは、支配する側から考えるということであり、それは、支配される側の「国民」全体のことを考えるのとは、真逆のこととなる。「全国民の代表」である国会議員に求められるのは、「国家」的観点からの政策立案ではなく、「国民」的観点からの、そして国民すべてに目を配った、政策立案である。これが「全国民の代表」ということの意味だといえる。

 国会議員は、そういう心がけで職務を遂行しなければならないし、私たちはそういう議員を選ばなければならない。もちろん、一人の人間のなしうることには限界があるから、一人の議員が国民すべてに目を配るというのは不可能であろう。そしてまた、国民が求めるものや願うことは、まさに十人十色、きわめて多様である。そうであれば、国民のそういう多様な求めや願いが可能なかぎり忠実に国会に反映されるように、代表選出についての制度設計がなされなければならない。そして国会議員は、こうして反映された多様な国民の声に、たとえそれが自分の支持母体や選出基盤からは聞こえてこない声だとしても、また、たとえそれが少数の国民の声だとしても、虚心坦懐に耳を傾け、それらの声にも十分に配慮して熟議を重ね、最終的な決定をすべきである。こうすることによってはじめて、国会議員は「全国民の代表」たりうることとなる。国会議員になろうとする者には、ここまでの資質が求められるのであり、また選ぶ側にはその資質を見極める力が必要とされるのである。

 以上のように、「全国民の代表」たる国会議員は自分の支持母体や選出基盤以外の国民の声にもきちんと耳を傾けそれらの声にも十分配慮して最終的な決定をすべきである、とすれば、場合によっては、選挙の際に約束した政策(公約なり「マニフェスト」なり)を変更・修正する必要に迫られることも、当然ありうることとなる。国会の場で、議員の間での議論を通じて自分が知らなかった国民の声に接したとき、そのような声にも十分な配慮をするならば、それを知る前にした公約をそのまま維持することが不適切になるということは、十分ありうるからである。その際には、各議員は、自分を選んでくれた人々に対し、そのような変更・修正が「全国民」的観点から(「国家」的観点ではない!)必要なのだということを、人々が納得できるようにきちんと説明する責任がある。(最近、「説明責任」という言葉がきわめて軽々しく語られるが)、これが、国会議員にとっての最も重要な「説明責任」である。逆に、選挙の際に約束して選挙に勝ったのだから、というので、その政策に反対しあるいは疑問を呈する国民の声には一切配慮せず、「数」の力でやりたい放題にごり押しするというのでは、とうてい「全国民の代表」の名に値しない。

 国会が「全国民の代表」の集まりとして機能するためには、さきにも述べたように、国民の多様な声が可能なかぎり忠実に国会に反映されるような代表選出の制度が不可欠である。そういう観点から選挙制度を考えたとき、「小選挙区制」はいちばん不適切な制度であるといわなければならないだろう。この制度のもとでは、最多得票者を支持した人々以外の声は、いっさい切り捨てられ国会に反映されることがない。したがって、国民の多様な声が国会に届かないこととなる可能性が大きい。憲法解釈論理の問題としては、どのような選挙制度にするかは立法裁量に委ねられているから(憲法47条)、小選挙区制が違憲だとまで断ずるのは難しいところがある。しかし、国会は「全国民の代表」たる議員によって構成されるとする憲法の趣旨を、いちばん実現しにくい制度である。法的に憲法違反となるかどうかだけが憲法論ではない。憲法の趣旨に最も適合的な制度はなにかを追求することも、重要な憲法問題であり、その観点から、小選挙区制という選択はいちばん不適切なものだといわなければならないのである。

 では、いちばん適切な制度は何か?比例代表制が最も憲法適合的な制度だという意見もよく耳にする。私もそれに積極的に異を唱えるつもりはないが、本当に質のいい議員を選ぶには、はたして政党まかせの制度でいいのかどうか。それよりも、各選挙区5人程度の大選挙区制(あるいは、かつてのような3〜5人の「中選挙区制」)のほうがいいのではないか、という気もする。ともあれ、「全国民の代表」を取り戻すために、私たち自身が国会議員になろうとする者の資質を十分見極めた投票行動をするとともに、選挙制度のあり方についても議論を仕掛けていくことが必要とされよう。



 

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