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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第1回 「消費増税再延期」の意味するもの


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2016年6月7日

 これまで、『憲法時評』、『大人のための憲法理論入門』と題して思うことを書いてきたが、今月からは、タイトルを『憲法雑記帳』と変更し、『時評』的なことも『理論入門』的なことも随時織り交ぜて書いていくこととしたい。今回は、どちらかといえば『時評』的な内容のものとなろう。

 6月1日、安倍首相は2017年4月に予定されていた消費税率10%への引き上げを2019年10月に延期すると正式に表明した。本来は、2015年10月から10%に引き上げられるはずだったのが、2014年11月に1年半延期を決め、今度はさらに2年半の延期となったのである。前回「増税延期」を決定した際、安倍首相は、こう言っていた。

 「来年10月の引き上げを18カ月延期し、そして18カ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう 断言いたします。平成29(2017)年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施いたします。3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずやその経済状況をつくり出すことができる。私はそう決意しています。」

 そんな「断言」も「決意」も忘れたかのように、「伊勢志摩サミット」の席まで利用して、世界経済のリスクに対応する「新しい判断」だと言って再延期を決定したのである。前言へのなんたる無責任さ。そして、増税できるような経済状況をつくり出すことができなかったのは世界経済のせいであって自分の責任ではない、とする責任逃れ。さらに、自分の「任期」(自民党総裁としての任期)を超えて延期することで、増税という「不人気な」政策の実行を事実上後任者に押しつける責任のなすりつけ。こんな無責任きわまりない人間の言うことは、もはや何も信用してはいけないと思う。増税を歓迎する人は、おそらくいないだろう。私も同じである。しかし、だからといって安倍首相の「消費増税再延期」を支持することはできない。経済の観点からみて「再延期」そのものがいいかどうか以前に、こういう政策決定のあり方、政治のあり方じたいが、大きな問題をはらんでいると思うからである。

 一つは、この「再延期」が7月に迫った参議院選挙対策としてのものだということは明白であり、いまの日本政治がそういう、(俗にいう)「ポピュリズム」に完全に支配されている点である。選挙の前には、不人気な政策は隠して耳あたりのいいことばかりを並べ、そうして選挙に勝ったら、「集団的自衛権」や「戦争法制」のときのように、異論にはいっさい耳を貸さず、数を頼みに強行突破のやりたい放題。こんなことの繰り返しである。ここは、国民が目を覚まさなければならないところである。「ポピュリズム」は、それに踊らされる「大衆」が結局「割を食う」ことになるのである。消費増税がなくなったから安倍政権を支持する、などというのはもってのほかである。

 もう一つは、そもそも、税金を上げるとか上げないとかを、首相一人で決めていいものなのか、という問題である。絶対君主ではあるまいし。否、絶対君主でさえ(とくにヨーロッパの国々では)、税の問題は勝手にできるものではなかったのに。今回の「消費増税再延期」については、国会での議論を経たものでないのはもちろん、閣議でさえ議論されず、まさに安倍首相の独断で決定されたものである。あるいは、「集団的自衛権」の「閣議決定」のときにも、安倍首相は「私が最高責任者だ。私が決めたことだ」と豪語した。税のことも戦争・軍事のことも、自分がこうと決めたらこうだ、というわけである。まさに「絶対君主」そのもの(あるいは、史上存在した「絶対君主」以上の「絶対君主」?)ではないか。安倍氏はみずからの「王国」を築いたつもりにでもなっているのだろうか。いったい、日本国憲法上の内閣総理大臣は、そんな強大な地位・権限をもたされているのだろうか。

 このように、今回の「消費増税再延期」は(今回だけでなく前回2014年の決定もまた同じだが)、「増税しないという決定だからいい」とか、そういう単純な問題ではなく、立憲主義と議会制民主主義の根幹にかかわる問題なのである。そういう観点からいえば、「集団的自衛権」と同じくらいの重大問題なのである。「消費増税再延期」について、そのことじたいの是非はマスコミでも大いに議論されている。しかし、それがそもそも首相の決められることなのか、という「そもそも論」は、ほとんど聞かれない。内閣総理大臣の地位・権限を、憲法に立ち返って考えてみれば、当然出てくるべき疑問のはずなのだが。

 憲法上、内閣総理大臣は内閣の「首長」としての地位にあり、内閣は「行政権」の主体である。そして、「行政権」とは、法律・予算の執行作用である。つまり、「国民代表」機関である国会が決めたことを執行する権限が内閣に与えられている、ということである。それは、執行権限であって決定権限ではない。しかも、その権限は内閣総理大臣にではなく内閣に与えられているのである。これが憲法の仕組みである。決定権限をもつのは国会であり、それを執行するのが内閣である。この仕組みをどうひっくり返しても、内閣総理大臣の決定権限など出てくる余地はないはずである。

 しかし、現実には、この「余地がない」はずのことがまかり通っている。政策決定は内閣が行い、国会はそれを追認するだけ。つまり、国会が、「国民代表」機関として「国権の最高機関」であり「唯一の立法機関」であるという、憲法の予定する役割を、まったく果たしていないのである。そして近年では、内閣じたいが、そこで政策決定を行うというより、内閣総理大臣の決定したことを追認するだけの機関に成り下がっている。かくして、安倍晋三という「絶対君主」が、いまこの国を支配しているのである。こんな状況をいつまでも許していいはずがない。首相を国の「リーダー」、「指導者」と呼び、その「リーダーシップ」を要求する風潮が、この状況の背景にある、と私は思うが、いま一度、憲法がどのような統治機構を定めているのか、その「いろは」に遡って考えてみる必要があるのではないか。

 ということで、宿題を一つ。「衆議院の解散の決定は内閣総理大臣の専権事項だ」というようなことが、マスコミでも政界でも、当然の常識のごとくに語られるが、その根拠はいかに。はたして、この命題は正しいのか。



 

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